http://watanabe-museum.com/event/img/2022/20221216.pdf
↑今回の演奏会チラシです。 ※pdfファイルです。
日本シューマン協会札幌支部主催による、「愛と悲しみ」をテーマにロマン派の作曲家3名の作品を取り上げた演奏会。ブラームスの中でも特に好きな曲の一つであるピアノ四重奏曲第3番に、ブラームスが尊敬していたシューマンとシューベルトの歌曲が聴けるとあって、私はとても楽しみにしていました。
アンサンブルコンサート 愛と悲しみを謳ったロマン派時代の音楽家たち
2022年12月16日(土)19:00~ 渡辺淳一文学館 地下1階ホール
【演奏】 ※司会:笹尾 雅代
久慈 睦子(ソプラノ)
西原 なつき(ピアノ)
赤間 さゆら(ヴァイオリン) ※札響ヴァイオリン奏者
鈴木 勇人(ヴィオラ) ※札響ヴィオラ奏者
武田 芽衣(チェロ) ※札響チェロ奏者
【曲目】
R.シューマン:『ミルテの花』op.25 より「献呈」「くるみの木」「はすの花」「ズライカの歌」
F.シューベルト:「春に D.882」「初めての喪失 D.226」「糸を紡ぐグレートヒェン op.2(D.118)」
F.シューベルト:弦楽三重奏曲第1番 変ロ長調 D.471
J.ブラームス:ピアノ四重奏曲第3番 ハ短調 op.60
それぞれ個性的な歌を通じて、様々な「愛」の形に触れることができました。シューマンとシューベルトの歌曲は、一つ一つが短いながらも完結した物語!ソプラノ・久慈睦子さんの表情豊かな演奏と、ぴったり寄り添うピアノ・西原なつきさんのおかげで、それぞれの物語の世界に没頭し楽しむことが出来ました。シューマンが30歳で書いた『ミルテの花』は、色とりどりの花を束ねてブーケにしたような、連作歌曲としたこと自体も「愛」なのかも?最愛の妻クララは大変魅力的な女性だったに違いありません。またシューベルトの場合、29歳で書いた「春に D.882」はシューマンの『ミルテの花』に近い大人の落ち着きを、10代後半に作曲した2つの歌曲(いずれもゲーテの詩に曲を付けたもの)には若者らしい苦悩が感じられました。若き日のブラームスが叶わぬ恋をした「クララ」に、名作『若きウェルテルの悩み』を書いた「ゲーテ」。前半のシューマンとシューベルトの選曲は、後半ブラームスと密接に繋がっていると感じられ、プログラム構成の素晴らしさにも私は感激しました。
そして後半、ブラームスのピアノ四重奏曲第3番の生き生きとした演奏がとっても素敵でした!「ウェルテル四重奏曲」とも呼ばれる、作曲家が20代で書いて塩漬けしていたものに40代で大きく手を入れ世に送り出した作品。私はこの日の演奏を聴いて、「若き日の悩み」を客観視している「大人の余裕」がありながら、何年経っても情熱の炎は消えていない!と思えたのがうれしかったです。力強さの影には繊細な感情の機微があり、一歩間違えるとキャラ崩壊してしまう難しい演目と思われます。しかし奏者の皆様は、間合いと呼吸を揃えてテンポや強弱を変化させながら丁寧に感情を作り、パワフルなところも歌うところも魂を込めた演奏にて、ブラームスの複雑な思いを見事に体現してくださいました。ありがとうございます。やはり札響メンバーが参加する室内楽は素敵です!今後も可能な限り聴きにうかがいたいと、今回改めてそう思いました。
最初に司会の笹尾さんからごあいさつ。配布されたプログラムには曲目解説と歌曲の日本語訳が掲載されていました。さらに演奏の合間には司会の笹尾さんによる大変充実した解説があり、演目についての理解が深まり演奏をより楽しめるようになりました。まずはシューマンの連作歌曲『ミルテの花』op.25 より4曲。「献呈」は喜びに満ちた感じで、何度も登場する du の呼びかけが素敵!やさしく語りかけるような中間部の美しさが印象的でした。「くるみの木」は、かわいらしい響きのピアノと、穏やかなソプラノが交互に出てくる素朴な感じ。明るい中にほんの少し影を落としたところが印象に残っています。「はすの花」、愛を繊細に歌うソプラノの儚げな美しさ!また、ピアノが繰り返すシンプルな和音が、感情の変化によって静かなところから感情高ぶるところへと変化していたのも素敵でした。「ズライカの歌」では、穏やかな感じでありながらも、ゆらぐ高音に感情の機微を、またはっきりとした発声には意思が感じられました。演奏機会が多い「献呈」のストレートな愛の表現だけでなく、様々な形の「愛の歌」を聴けてうれしかったです。妻クララへの結婚祝いに贈られたという連作歌曲『ミルテの花』op.25、他の曲も聴いてみたいと思います。
シューベルトの歌曲から。「春に D.882」は、春の暖かな日差しを思わせるピアノと、やさしい響きのソプラノに心温まる印象。中盤ほんの少し不穏な感じになり、微妙な感情の機微が感じられました。明るい雰囲気から一転、「初めての喪失 D.226」は、「ああ」の第一声からものすごい衝撃!独白のような演奏は、とにかく寂しく切なく、胸打たれました。そして「糸を紡ぐグレートヒェン op.2(D.118)」。糸車が回るようなピアノに、激しい思いを歌うソプラノに圧倒されました。感情が高まり頂点に達して(『ああ彼の口づけ!』のところ?)、一時の沈黙があったところの気迫がすごい!後半2曲はいずれもゲーテの詩にシューベルトが18歳と17歳の時に曲を付けたものとのこと。これらの歌曲を聴く限り、「若きウェルテルの悩み」は若き日のシューベルトにもある!と私はそう思えました。
シューベルト「弦楽三重奏曲第1番」。シューベルトが父親との関係で苦悩していた頃の作品だそうです。司会の笹尾さんからシューベルトがこの頃に書いた詩「私の夢」の紹介があり、その一部が朗読されました。未完成の作品で、完成された第1楽章のみの演奏です。私にとって初聴きだったこちら、個人的には「苦悩」とはすぐには結びつかない、春に鳥が歌っているような明るさを感じました。流れるように美しい歌の中で、3名がユニゾンで弾く堂々としたところや、主にヴィオラが音を刻んでリズムを作っていたところが印象に残っています。弦楽四重奏でもピアノトリオでもない、この編成ならではの掛け合いを楽しめました。
後半はブラームス「ピアノ四重奏曲第3番」。第1楽章、最初のピアノの力強い一打と、続くゆっくり歩みを進める弦に早速心掴まれ、ピッチカートを皮切りに重厚パワフルな歩みになって、ほの暗いザ・ブラームスな音楽にゾクゾク。音の刻みが脈を打つような、まさに生きた音楽に聴き惚れました。次第に盛り上がって高らかに歌うところの流れは、相反する性格が自然に繋がっていて素敵!自らの若き日の苦悩を客観視して、それを大人の余裕で昇華させる、この曲の良さを実感しました。そして力強く生き生きとした第2楽章がすごく良かったです。リズミカルにピアノと弦が呼応しながら、感情が頂点に達したときの強響による堂々たる響きがすごい!個人的には「泣き笑い」とも感じられる、感情を爆発させるヴァイオリンに、それを鼓舞するようなヴィオラ&チェロの音の刻み、そしてドラマチックなピアノと、全力での演奏に圧倒されました。この凄みに、楽章終わりには会場に自然と拍手が起きたほど。ガラリと雰囲気が変わる第3楽章は、ゆりかごのようなピアノに乗ってゆったり歌うチェロがとっても素敵!後からヴァイオリンがメロディを引き継いでからの支えになったチェロも良くて、ブラームスのチェロを堪能しました。ピアノが主役のところでチェロとヴィオラが交互にピッチカートでリズムを作るところや、後半のヴィオラ&チェロ&ピアノの三重奏も印象に残っています。第4楽章、高音で哀しげに歌うヴァイオリンに引き込まれ、ドラマチックな流れから弦による感情の波が頂点に達するところが超カッコイイ!続くゆったりした流れでは、ピアノがピアニッシモで何度も音階を駆け下りるのがブラームスらしくて素敵!最初のメロディを今度は低音域で歌ったヴァイオリンの深みのある音色にぐっと来ました。終盤の分厚いピアノの存在感!ラストは音がだんだん消えいってからのインパクトあるジャンジャン!で締めくくり。情熱的な曲の大熱演、血の通った音楽に最初から最後まで夢中になれました!
最後は出演者のかた全員が舞台へ。司会の笹尾さんからのごあいさつと、赤間さんから「新進演奏家育成プロジェクト・オーケストラシリーズ」のお知らせがあり、会はお開きとなりました。今回のような、テーマを設定して歌曲と室内楽を組み合わせる企画、これからもぜひお願いします!シューマン、シューベルト、ブラームス、いずれも歌曲と室内楽に素晴らしい作品を数多く残していますから、次はどんな作品と出会えるか、とても楽しみです。
渡辺淳一文学館で聴いた室内楽のコンサート。こちらもテーマを設定して複数の作曲家の作品を取り上げた会でした。「フォーレ、そして彼と出会った作曲家たち」(2022/10/01)。フォーレのピアノ五重奏曲をはじめ、ドビュッシーやラヴェル、サン=サーンスの作品は、重厚さでガツンとくるドイツ系とは異なる繊細な響き。しみじみ素敵でした。
愛の歌といえばこちらも。「ウィステリアホール プレミアムクラシック 17th ソプラノ&ピアノ」(2022/07/31)。ソプラノ中江早希さん&ピアノ新堀聡子さんによる愛の物語。シューマン「女の愛と生涯」や中田喜直「魚とオレンジ」、直江香世子さんの小品等、魂の込められた演奏を通じて様々な人生を生きたスペシャルな体験でした。
最後までおつきあい頂きありがとうございました。