私にとっては「お初」のSound Space クラシックコンサートです。第15回となる今回は、札響副首席ファゴット奏者の夏山朋子さんと、地元札幌でご活躍のピアニスト・水口真由さんによる演奏会。オケの演奏でおなじみの夏山さんが、ブラームスのクラリネット・ソナタをファゴットで演奏される!しかも共演はトリオイリゼ・リサイタル(2022/01/21)で素晴らしい演奏をお聴かせくださった水口さん!ぜひ拝聴したい!ということで、kitaraと同じ中島公園の敷地内にある豊平館へ。ちなみに私は、豊平館の中に入ったのは初めてでした。
第15回 Sound Space クラシックコンサート ファゴットとピアノの奏
2022年07月30日(土)18:30~ 豊平館
【演奏】
夏山朋子(ファゴット) ※札幌交響楽団副首席ファゴット奏者
水口真由(ピアノ)
【曲目】
ヴィヴァルディ:ファゴット協奏曲 イ短調 RV497
デュテイユー:サラバンドと行列
バーンスタイン:ウエストサイドストーリーより
ブラームス:3つの間奏曲 作品117より 第1番 第2番
ブラームス:クラリネットソナタ ヘ短調 作品120-1
(アンコール)ガーシュウィン:サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー
ファゴットの魅力と愛がいっぱいの素敵な演奏会、とっても楽しかったです!ファゴットのためのクラシック作品では、ファゴットの得意な音域で様々な奏法による多彩な音楽を、またモダン作品ではクールで洗練された音楽を聴かせてくださいました。そして音域が異なるクラリネットのための作品をファゴットに置き換えて演奏した、ブラームスのソナタがとっても良かったです!ただでさえ難曲なのに、音域も奏法も異なる楽器で演奏するのは大変なことと存じます。しかし今回、ブラームスの歌心をファゴットの温かみのある響きを活かして歌うことで、オリジナル楽器に引けを取らない魅力的な演奏になっていたと感じました。また共演のピアノともテンポ良く掛け合った生き生きとした演奏は、聴いていてとても幸せな気持ちになれました。ちなみに今回のメインであるブラームス「クラリネットソナタ 作品120-1」を、夏山さんは大学の卒業試験でも演奏されたそう。長い時間大切に向き合ってこられた作品を、今回愛を込めた素敵な演奏で聴かせてくださり感謝です。
また曲の合間のトークも楽しかったです。トークの中で、夏山さんとお親しいカメラマンのかた(ここではKさんとします)との交流についてのお話が色々ありました。Kさんはブラームスゆかりの地を巡ったとのこと。その時の資料写真を夏山さんが会場へ持ち込み、いくつか私達にも見せてださいました。そのKさん曰く「ブラームスのクラリネットソナタは、作曲の前年に亡くなったかつての恋人ヘルミーネ・シュピーズへの愛」(!)……ちょっと驚きましたが、とても新鮮でした。ブラームス本人や周囲の証言はないため断定はできないものの、こんな大胆な想像も素敵です!確かに「クラリネットソナタ 作品120-1」は、最晩年の作品にもかかわらず諦念よりは情熱や朗らかさが感じられますし、ブラームスがヘルミーネ・シュピーズと一番幸せだった頃の作品群(作品番号100の前後)の多幸感や歌心にも通じるものがありそうです。ブラームスとは穏やかな交際を長く続けた後、別の人と結婚して程なく亡くなったヘルミーネ。もし彼女と幸せだった頃の思い出が音楽に反映されているなら、これはまさに「愛」ですよね!もとよりブラームスの作品はすべて「愛」なのですが(笑)。
会場は古い洋館の広間で、物理的な距離だけでなく気持ちの距離もぐっと近く、まるでサロンでのプライベートコンサートのようでした。トークでは曲の解説のみならず様々な楽しいお話があり、会場は終始和やかな雰囲気。なお会場には、夏山さんと水口さんの熱心なファンとお見受けするかたも大勢いらしたようでした。コンサートホールでのかしこまった演奏会もいいけど、こんなリラックスした雰囲気で演奏家とお客さん達が心通わせるサロンコンサートも楽しい!心通わせ心温まる演奏会、これもやはり愛ですよね!
出演者のお二人が拍手で迎えられ、すぐに演奏開始です。1曲目はヴィヴァルディ「ファゴット協奏曲 イ短調 RV497」。39曲のコンチェルトを残したヴィヴァルディは、ファゴット奏者の大切なレパートリーとのこと。今回の曲は急緩急の3楽章構成でした。第1楽章、ピアノの少し長めの序奏から始まり、満を持してファゴットの登場。速いテンポで駆け上るのがカッコイイ!バロック期の作品でも、ロマン派の作品のような情熱が感じられました。少しゆったりする第2楽章は、切ないメロディが素敵。ファゴットもピアノもビブラート(?音を震わせる演奏)がチェンバロ風でもあり、バロック期の音楽らしさを感じました。再びテンポが速くなる第3楽章は、息の長いフレーズを音程を変えながら自在に吹くファゴットが素晴らしい!ピアノの情熱的な後奏も印象的でした。ファゴットって素敵!ファゴットの魅力がたっぷり味わえた演奏でした。
デュテイユー「サラバンドと行列」。作曲家26歳の時の作品で、本来は「バッソン」(ファゴットに似た楽器?)で演奏するためのものだったとか。コンセルヴァトワールの試験にも使われるそうで、「ファゴットってこんなこともできるんだよ」というのを知ってもらいたい、といったお話がありました。私は、ヴィヴァルディを聴いた直後だったためか、はじめのピアノの序奏がバロック期の音楽のようにも聞こえたのですが、ほどなく登場したファゴットは現代的な印象でした。演奏では様々な奏法が出てきて、ゆったり歌ったり、高速で音を駆け上ったり、重低音を響かせたりと盛りだくさん。私は興味深く聴きました。楽器はまったくできない私から見てもおそらく演奏は難しいのだと思われますが、夏山さんはさらっと演奏されて難しさはまったく感じさせなかったのはさすがです。またパワフルで情熱的なピアノと、心地よい響きにもかかわらず存在感抜群のファゴットが、お互いが打ち消すことない絶妙なバランスで重なり合うのが素敵でした。近現代の音楽ではあるものの、ほの暗く情熱的な音楽はカッコ良くて、自分なりに楽しく聴けた演奏でした。
バーンスタイン「ウエストサイドストーリー」より3曲。ちょうどPMF開催期間中でもあり、PMF創始者のバーンスタインが思いやりの気持ち(愛)を込めた作品、とのこと。私は、トークの中で紹介された今回の3つの曲名をちょっと聞き取れず(ごめんなさい!)、またストーリー自体を知らないのですが、いずれも聞き覚えのある親しみやすい曲でした。1曲目は、都会的なムードたっぷり。2曲目は、美メロを息を長くのばして歌う輝かしい音楽。3曲目は、ゆったりとしたちょっと切ない大人の雰囲気。様々な奏法を使っての「歌う」ファゴットを楽しませて頂きました。
後半のはじめは、ブラームス「3つの間奏曲 作品117」より、第1番と第2番をピアノ独奏で。作曲家自身が「我が苦悩の子守歌」と呼んだ、最晩年のピアノ小品です。一歩一歩、歩みを進めながら少ない音の中に優しさも哀しみも内包した第1番、切なさと寂しさに胸打たれる第2番。いずれも高音の控えめで美しいメロディに対しての、ブラームスらしい低音の重なりがとても良かったです。演奏前のトークで水口さんがご自分の若さから謙遜されていらっしゃいましたが、心が込められた演奏はとっても素敵でした!10年後20年後、円熟した演奏もぜひ拝聴したいです。もちろん今回の演奏は素晴らしいものでしたが、第3番が無かったのが個人的に少しムズムズしたので(笑)、次はできれば3曲すべてを続けての演奏でお願いします!第2番の最後に余韻を残す音は、第3番の冒頭の1音に繋がっているので、その流れも含めて味わいたいです!
いよいよメインプログラム、ブラームス「クラリネットソナタ ヘ短調 作品120-1」。クラリネットをファゴットに置き換えての演奏です。第1楽章、ドラマチックなピアノの序奏で掴みはOK!続けて登場したファゴットの仄暗い音色が想像以上にこの曲にハマっていて、早速引き込まれました。重厚感あるピアノと掛け合いながら、温かみのある音色で苦悩や内なる叫びを歌うファゴット、素晴らしいです!あとは、楽器が異なるため致し方ないかも?と思う部分はありました。例えば原曲ではクラリネットの見せ場の一つである、クラリネットの一番低い音から少しずつ高い音まで上昇するところは、ファゴットでは高い音をオクターブ下げたためにほぼ平行移動に。しかしまだ枯れていない情熱を内包した感じがあって、演奏自体はとても良かったです。他にも速いパッセージのところ等でやや力業?と思われる部分がありましたが、音楽の勢いとテンポ感は崩さずに駆け抜けた演奏は見事でした。穏やかな第2楽章は、私は「子守歌」だとずっと思っていました。もちろんそれでも良いと思いますが、今回ヘルミーネのことを意識して聴くと、大樹のような包容力のあるピアノ(=ブラームス)に、のびやかに歌うファゴット(=ヘルミーネ)と思えてきました。過去の思い出を慈しむような、優しい響きがしみじみ良かったです。第3楽章は、ゆったりとした素朴な舞曲のようで、ピアノとファゴットが主役と脇役をなめらかに交代を繰り返す、愛らしい音楽に心温まりました。ファゴットの温かみのある音色がぴったり!第4楽章は一転してテンポが速い軽やかな音楽に。この楽章の演奏がとっても良かったです!音を細かく刻んだり玉を転がすように歌ったり、息が長いフレーズも朗らかで軽快なファゴットが素敵でした。情熱的なピアノとの掛け合いも良くて、ピアノが主役に躍り出た時、ファゴットが音量を下げて伴奏に回ったその流れもごく自然。堂々たる響きで明るく駆け抜けた、輝かしいラストが素晴らしい!愛あふれる作品を、愛情を込めた素敵な演奏で聴かせてくださりありがとうございました!
カーテンコールの後、ごあいさつと次回の演奏会の宣伝がありました。そしてアンコールの演奏へ。ガーシュウィン「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー」。「ワイン片手に楽しんで頂きたいような」と夏山さん。私達も気持ちだけはそんな感じで、リラックスして楽しませて頂きました。大人の夜にぴったりの音楽を、ピアノもファゴットも甘く語りかけるように歌ったのがとっても素敵!ファゴットが感極まったように低い音から高い音へ駆け上ったところがとても印象的でした。演奏にトークに、最初から最後まで愛あふれる楽しい演奏会をありがとうございました!
ブラームスがヘルミーネ・シュピーズと一番幸せだった頃の作品「ヴァイオリン・ソナタ 第2番 op.100」がメインに取り上げられた演奏会はこちら。「辻 彩奈&阪田 知樹 デュオリサイタル」(2022/07/19)。愛あふれ歌心あるブラームスのソナタ2番は想像以上の素晴らしさ!クララやシューベルト、ストラヴィンスキー等バラエティ豊かな演目を、信頼し合った上で重なり合う幸せな共演で聴かせてくださいました。
水口さんがご出演された「トリオイリゼ・リサイタル」(2022/01/21)。札響の赤間さゆらさん(Vn)と小野木遼さん(Vc)、そして水口真由さん(Pf)の新進演奏家3名によるピアノ三重奏団の演奏会。ロマン派のような感情が垣間見えたモーツァルトに、人知れず苦悩を抱えたメンデルスゾーン、そして朗らかで情熱的なブラームス。重厚な独墺プログラムの演奏は圧倒的な熱量で素晴らしかったです!
ブラームス「ヴィオラソナタ 作品120-2」(ブラームス自身によるクラリネット・ソナタのヴィオラ編曲版)が取り上げられた演奏会はこちら。「櫨本朱音&永沼絵里香 ヴィオラ・ピアノデュオコンサート」(2022/06/11)。札響にすごい若手ヴィオラ奏者がいらっしゃいました!愛と情熱のブラームス、超絶技巧のヒンデミット、超カッコ良いピアソラ。華やかで重厚感あるピアノも素晴らしかったです。なおヴィオラの櫨本さんは、次回の第16回Sound Space クラシックコンサート(2022/10/10、共演はギターの佐藤洋美さん、会場は渡辺淳一文学館)にご出演予定です。
最後までおつきあい頂きありがとうございました。