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藤村実穂子 メゾソプラノ・リサイタル(2023/04) レポート

https://www.rokkatei.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/230422.pdf

↑今回の演奏会のチラシです(pdfファイルです)。

2023年4月に、世界的なメゾソプラノ藤村実穂子さんが朋友であるピアニストのヴォルフラム・リーガーさんと一緒に全国4カ所を周ったリサイタル。札幌ではふきのとうホールのホール主催公演として開催されました。なおチケットは全席完売したとのことです。


藤村実穂子 メゾソプラノ・リサイタル
2023年04月22日(土)19:00~ ふきのとうホール

【演奏】
藤村実穂子(メゾ・ソプラノ)
ヴォルフラム・リーガー(ピアノ)

【曲目】
モーツァルト
 静けさは微笑み K.152
 喜びの鼓動 K.579
 すみれ K.476
 ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼く時 K.520
 夕べの想い K.523

マーラーさすらう若人の歌
 1.恋人の婚礼の時
 2.朝の野を行けば
 3.胸の中には燃える剣が
 4.恋人の二つの青い眼

ツェムリンスキー:6つの歌 Op.13
 1.三人姉妹
 2.目隠しされた乙女たち
 3.乙女の歌
 4.彼女の恋人が去った時
 5.いつか彼が帰ってきたら
 6.城に歩み寄る女

細川俊夫:2つの子守歌(日本民謡集より)
 ※以下はプログラム掲載順
 1.江戸の子守歌
 2.五木の子守歌

(アンコール)
ツェムリンスキー
 子守唄
 春の日
 夜のささやき


ピアノはスタインウェイでした。


藤村実穂子さんのお声の力!存在感抜群のお声の説得力に度肝を抜かれ、豊かな表現による歌曲の深い世界にどっぷり浸れた、唯一無二の体験でした。これを愛するふきのとうホールで聴けた幸せ!藤村さんの演奏は、発声した瞬間から単語の末尾の子音に至るまで細部にわたり神経を張り巡らしていて、一音一音すべてに驚くほど説得力がありました。その上で、言外の意味まで汲んだ表現の細やかさと凄みがあり、私達の想像をはるかに超えた世界を見せてくださいました。命が吹き込まれた歌曲たちは時にオペラ的であったり内面をぐっと掘り下げたものだったりと、すべてが唯一無二の世界。オーバーアクションではないものの身振りや目線にまで力があったのは、すっかりその役になりきっているからこそ!また長く共演を続けているヴォルフラム・リーガーさんのピアノは、藤村さんの演奏との掛け合いのタイミングが絶妙で、安心して聴くことができました。お声とピアノのみでこんなにも私達を惹きつける演奏、本当に素晴らしいです!私は今回、予習なしのまっさらな状態で聴きましたが、たとえ言葉の意味がわからず作曲家のことを知らなくても、演奏を通じて作品が持つ本来の意味を体感できました。音楽をただ感受性で受け止め心揺さぶられる喜び!原点回帰できたこの体験は、つい余計な事を考えがちだった最近の私への戒めにもなりました。

どの演目も大変素晴らしいものでしたが、中でも私が特に印象深かったのはツェムリンスキーです。喜怒哀楽のシンプルな言葉では片付けられない、人の内面の複雑な感情を垣間見たようで、私がきちんと受け止められたかどうかは別として、大きな衝撃を受けました。ちなみにツェムリンスキーについて、私が辛うじて知っていたのは名前「だけ」。帰宅後に少し調べたところ、マーラーの妻となった女性と師弟関係があって、その女性からルッキズムの面でマイナス評価をされていたとか、音楽の仕事においても世間からマーラーほどの評価はされなかったとか……ざっとネットから得た情報だけで分かった気になってはいけないのですが、これなら複雑な思いを抱えてしまうかも?と率直に感じました。今回のツェムリンスキーの演奏は、前半のマーラーのドラマチックさと比べると淡々としていたと私は思います。大袈裟に出来ないからこそかえって難しいと思われますが、演奏は表面をさらっと流すものではなく、複雑で深い内面を感じさせるものでした。ちなみに私は、つい作曲家の人格や人生を作品と混同したり、妄想で過度の深読みをしたりしがち(日々反省しています)です。しかし今回は何も知らないまっさらな状態で聴いた上で、素直に感じることができました。藤村さんとリーガーさんの真摯な演奏のおかげです。ありがとうございます!


出演者のお二人が舞台へ。藤村さんは鮮やかな紫色のドレス姿。なお藤村さんは全曲暗譜でした。はじめはモーツァルトの歌曲から5つ。歌詞は1曲目と2曲目がイタリア語で、他はドイツ語のようです。「静けさは微笑み K.152」は、'r'を重ねた第一声がインパクト大で、最初から気持ちを持っていかれました!穏やかなピアノに乗って喜びを歌うメゾ・ソプラノは、高音域でコロコロ歌うのが幸せな感じ。ただ、大はしゃぎしているのではなく大人の落ち着きのある幸せのように感じました。「喜びの鼓動 K.579」では、明るく楽しい流れの中で、ほんの一瞬だけ陰りがあったところがどこか不安そうで印象に残っています。「すみれ K.476」は、かわいらしいピアノに乗ってスキップするようなところと切なく一人語りするようなところの対比が良く、ふと沈黙したところが意味深で印象的でした。「ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼く時 K.520」は、モーツァルトらしくないと個人的には感じた、激しい感情を露わにする曲で、クレッシェンドしながら激しさのボルテージが上がっていくところにゾクゾク。1つ前の K.476 とこの K.520 はとても迫力のある演奏で、個人的にはオペラのようにも感じました。「夕べの想い K.523」は、どこか哀しげで、しっとりと美しい響きが素敵!儚く消えてしまいそうな雰囲気の中、「アーアアア♪」の高音を上下するところや「ああ!」と短く感嘆したところに芯の強さを感じました。言い切ったラストとピアノの後奏が清々しい!一見、素朴な歌曲たちが、説得力あるお声の力によって壮大な物語の世界に。私は藤村さんの演奏にすっかり魅了されました。

マーラーさすらう若人の歌。 1.恋人の婚礼の時 は、ぐっと暗い第一声にぞくっとして、運命の足音のようなピアノに心がざわつました。語尾を強く言い切るところに男性的な力強さを感じ、また小鳥の鳴き声のようなツクーツクー♪がなんとも哀しい響き。 2.朝の野を行けば は、ピアノもお声も跳ねるような演奏で、一見楽しげな雰囲気。しかし胸中は複雑なのに、頑張って自分を鼓舞しているようにも感じられました。「ハア!」と感情が上り詰めたところの気迫がすごい! 3.胸の中には燃える剣が では一転して激しくなり、ぶ厚いピアノに魂の叫びをあげる低い声の迫力!「おお!」と何度も繰り返される悲鳴では、手で顔や頭を抑える動作もあり、迫真の演技からも痛みが伝わってきました。 4.恋人の二つの青い眼 は、重苦しい空気の中をトボトボ歩いているような演奏が、終盤は明るい光が見えてやわらかな響きに。しかしラストは命の火が消えるように、ピアノと一緒に次第に沈んでいくお声。なんと素晴らしいこと!音量は下がっていくのに鮮烈な印象のラストでした。連作歌曲ならではの、主人公の気持ちの変遷が描かれた世界。藤村さんとリーガーさんのドラマチックな演奏によって、血が通った主人公がそこにいるように感じられた、圧巻の演奏でした!

後半、はじめはツェムリンスキー「6つの歌 Op.13」。 1.三人姉妹 は、第一声からものすごい気迫!中盤の盛り上がりの激しさはもちろんのこと、それ以外のところでもずっと闇を感じる響きだったのが忘れられません。 2.目隠しされた乙女たち は、澄んだお声が暗闇を彷徨っているような凄み!音が少ないピアノがより不気味さを際立たせていました。 3.乙女の歌 は、タイトルからは想像できない暗い曲で、お声が(演出として)やや震えるところに現世とは違う雰囲気を感じました。 4.彼女の恋人が去った時 は、沈みゆくような重たいピアノの音に対して、孤高な感じのお声が印象的でした。 5.いつか彼が帰ってきたら では、声の雰囲気と目線の向きを変えて、一人芝居のように2人の登場人物を演じ分け。その世界に引き込まれました。片方の人物が声を荒げて感情を爆発させたところの突き抜け方がすごい! 6.城に歩み寄る女 では、ようやく明るく穏やかになった?と思ったのも束の間、穏やかな感じは保ちつつも決してハッピーにはならないのが、個人的には想定外で戸惑ってしまいました(ごめんなさい!)。フェードアウトするラストでは、何度も登場するドイツ語の語尾の't'に存在感があったのがとても印象に残っています。今まで出会ったどんな歌曲とも違う、独特な世界。一見、淡々としているようでも、心の奥には深い闇を抱えているよう。その深さを垣間見たのは衝撃で、忘れられない体験になりました。

プログラム最後の演目は、細川俊夫の2つの子守歌。プログラム発表時から演奏順に変更があり、先に演奏されたのは「五木の子守歌」でした。重々しく哀しい響きで、怨念さえ感じるメゾ・ソプラノのお声がものすごいインパクト!私は日本語としては単語を聞き取れなかったのですが、方言だったのでしょうか?幼子を寝かしつけるというよりは、子守する人自身が思いの丈を独白しているように感じました。2曲目の「江戸の子守歌」は、おなじみの「ねんねんころりよ」の歌詞を今度は日本語として聞き取れました。こちらは哀しげではあるものの、ささやくようなところもあり、幼子を寝かしつけるための歌という「らしさ」も少しあったと思います。日本において子守とはなんと哀しいものなのかと、心にズシンと来た演奏でした。

カーテンコールの後、アンコールへ。なおトークや解説は無く、曲名は終演後のアンコールボードで知りました。すべてツェムリンスキーの作品で、なんと3曲も!1曲目は「子守唄」。寂しげなピアノに乗って、お声もはじめは静かに語りかけるようでした。しかし中盤は感情を吐露するように力強くなり、優しい世界ではない子守唄が印象深かったです。拍手喝采からの、2曲目は「春の日」。穏やかなピアノに、やわらかなお声が美しい!ただこちらも大はしゃぎする明るさとは程遠く、どこか影を感じる不思議な魅力がありました。これでおしまいと思いきや、舞台へ戻ってきてくださったお二人。ピアノのリーガーさんがジャケットの内側に隠し持っていた楽譜を取り出して、会場にどっと笑いが起きました。3曲目は「夜のささやき」。星が瞬くようなピアノに、お声の優しいささやき。ここに来てやっとほっと出来ました!ラストの曲でもドイツ語の語尾の't'にインパクトがあり、最後の最後までお声の細部にまで魂が込められていた演奏。素晴らしいです!最初から最後まで想像をはるかに超えた世界を見せてくださった演奏を本当にありがとうございます!鳴り止まない拍手の中、最後にリーガーさんが鍵盤の蓋をそっと閉めて、会場は和み、お開きに。私はロビーで六花亭のお菓子のお土産を頂いて(いつも感謝です)、帰路につきました。


藤木大地 カウンターテナー・リサイタル」(2022/06/11)。この声を知る驚き、触れる喜び!加えて「真心に触れる喜び」でもありました。「死んだ男の残したものは」と続く演目の流れが圧巻!唯一無二のお声と真心ある演奏に魂が揺さぶられました。

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ウィステリアホール プレミアムクラシック 17th ソプラノ&ピアノ」(2022/07/31)。ソプラノ中江早希さん&ピアノ新堀聡子さんによる愛の物語。シューマン「女の愛と生涯」や中田喜直「魚とオレンジ」、直江香世子さんの小品等、魂の込められた演奏を通じて様々な人生を生きたスペシャルな体験でした。

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最後までおつきあい頂きありがとうございました。