札響副首席ヴィオラ奏者の青木晃一さんと、地元札幌で演奏活動と後進指導をされているピアニストの石田敏明さん。2017年にデュオ結成し、道内各地で演奏活動を続けてこられたお二人のリサイタルがKitara小ホールにて開催されました。今回の演目はすべてヴィオラのために書かれたオリジナル作品。また「ブラームスから拡がる」とサブタイトルにもある通り、ブラームスと彼よりも後に生まれた作曲家たちの作品が取り上げられました。
〈Kitaraアーティスト・サポートプログラムⅡ〉青木晃一×石田敏明 デュオリサイタル~ブラームスから拡がるヴィオラ×ピアノの響~
2023年03月15日(水)19:00~ 札幌コンサートホールKitara小ホール
【演奏】
青木晃一(ヴィオラ) ※札幌交響楽団副首席ヴィオラ奏者
石田敏明(ピアノ)
【曲目】
ミヨー:ヴィオラとピアノのためのソナタ 第1番 Op.240
ブリッジ:2つの小品
バンチ:ヴィオラとピアノのための組曲
コレッティ:3つの小品
クラーク:モルフェウス
ブラームス:ピアノとヴィオラのためのソナタ 第1番 ヘ短調 Op.120-1
(アンコール)
チャイコフスキー:ただ憧れを知る者のみが op.6-6
カッチーニ(伝):アヴェ・マリア
ヴィオラって、なんて魅力的!今回ブラームス以外はほぼ初聴きだった私。しかしどの演目もヴィオラの魅力を余すところなく引き出した演奏のおかげで、最初から最後までずっと夢中になれました。ヴィオラはたとえヴァイオリンのような派手さはなくても、その音色は人のバイオリズムにちょうど合う感じで心地よく聴けます。さらに青木さんのヴィオラは、なじみやすい音色であっても人の心に刺さるインパクトがあり雄弁!私はヴィオラによる演奏で最初の1音から引き込まれたのは初めてでしたし、「歌う」ところではすべてのシーンを異なる色合いにて楽しめて、現代曲での超絶技巧の数々にはただただ驚愕しました。オケでも室内楽でもほぼ下支えとなるヴィオラが、主役として思いっきり輝いていたのは、紛れもなく演奏そのもののお力によるものだと私は思います。素晴らしい演奏をありがとうございます!「ブラームスから拡がる」作品群に、青木晃一&石田敏明デュオによる演奏で出会えて本当によかったです。
そしてブラームスが60代で書いた最後のソナタ作品を、今回のお二人による演奏で聴けたことが何よりうれしかったです。ちなみに元々クラリネットのために書かれたブラームスのソナタOp.120は、作曲家自身の編曲により、弦楽器ならではの奏法や感情表現を盛り込んだヴィオラのための曲になっています。孤独や絶望、諦念を経て、そんな過去の思い出を懐かしく思える境地に至った最晩年のブラームス。ただ、穏やかに明るく振る舞ってはいても心の奥底でうずく傷はあるわけで、その表現はむしろ感情爆発させる作品よりも難しいのでは?と個人的には思います。今回の演奏では、雄弁さや歌心の良さはもちろんのこと、個人的に胸打たれたのは細やかな感情の表現です。あえて目立たずさりげなく、感情の機微を丁寧に表現した演奏に、私は最晩年のブラームスの秘めた思いを垣間見たような気持ちになりました。また私はちょうどこの前日にブラームス50代の作品であるヴァイオリン・ソナタ第3番を聴いたばかりで、聴き比べが出来たのもうれしかったです。人生に悲観したヴァイオリン・ソナタ第3番作曲の頃から10年の時を経て、さらに喪失を山ほど経験したにもかかわらず、今回聴いた最晩年のソナタは過ぎ去った苦悩の日々すら慈しんでいるかのよう。ブラームスはついにここまで来たんだと思うと、こみ上げてくるものがありました。さらに今月末にはブラームス最初期(まだ20歳そこそこ)の作品であるピアノ・ソナタ第3番を聴く予定があります。その何一つ諦めていない頃の瑞々しさを、今回聴いた最晩年の境地と聴き比べるのもとても楽しみです。今回のお二人の演奏を聴いたことで、私自身のブラームスへの思いが「拡がって」います。素敵な出会いに改めて感謝いたします。
1曲目はミヨー「ヴィオラとピアノのためのソナタ 第1番 Op.240」。第1楽章、最初のヴィオラから、私はその音色がすっとなじんで流れに乗れました。ヴィオラをピアノが追いかけるスタイルに、私はバッハを連想。振り子時計のような一定のテンポによる素朴なメロディを心地よく聴きました。第2楽章は少しテンポが速くなり、「フランセ」の名の通りフランス舞曲風。次々と生まれ出てくるヴィオラの音に対し、ピアノが追いかけっこしたり対になる旋律を奏でたり。何度か重音でタッターン♪とアクセントが入ったのも印象的でした。第3楽章、民謡風の哀しげな歌がとっても素敵!ヴィオラは、ヴァイオリンのような高音で歌うところも味わい深い低めの音での歌も、どちらも人の体温を感じるようで、耳と身体に自然となじみました。第4楽章は舞曲風で、よどみなくあふれてくるヴィオラとピアノの音に聴いている私達の気持ちもウキウキ。中盤に少し違うテンポが出てきたのも楽しかったです。ちょうど身体のバイオリズムに添うような、心地よい音楽でした。ミヨーは20世紀の作曲家ですが、プログラムノートによると、この作品は18世紀の作曲者不明の旋律に基づくとのこと。バロック期の舞曲の薫りがしたのも納得です!
ブリッジ「2つの小品」。プログラムノートによると、作曲家ブリッジはヴィオリストでもあり、一時期はヨアヒム弦楽四重奏団でも演奏していたのだそう。第1曲、ヴィオラのぐっと低い音に引き込まれ、中盤には高音の盛り上がりもあって、その表現の幅広さと音色の陰影にヴィオラならではのものを感じました。第2曲、高音で力強く情熱的に歌うヴィオラがとても魅力的!もしかするとヴァイオリンでも置き換えられるかもしれませんが、ヴィオラが持つ少し影のある音色で歌うからこその色っぽさを感じて、なんて素敵なの!と私はその音に夢中になりました。ふとささやくようなところも素敵で、ヴィオラをよく知る作曲家が書くとヴィオラはこんなに輝けるんだとしみじみ。そう思えたのは、もちろんお二人による素晴らしい演奏のおかげです。
K.バンチ「ヴィオラとピアノのための組曲」。はじめの2曲については、私はまさに青木晃一&石田敏明デュオによる演奏で以前聴いたことがあり、今回全5曲を聴けるのを楽しみにしていました。第1曲は、ヴィオラのほの暗い最初の1音からぐっと引き込まれ、ピアノの和音がガツンと来て、掴みからすごい!情熱的なところでのヴィオラの揺らした音が艶っぽく、ゆったりした流れでの音色は神々しくさえあり、自在に変化する音色が素敵!ピアノのグリッサンドがカッコイイ!第2曲は、弓を譜面台へ置いてからスタート。連続ピッチカートによる演奏が面白くて、目と耳が釘付けになりました。神秘的なピアノと一緒にリズムを刻み、時折入る重低音のアクセントがインパクト大!中盤での弦を擦る演奏は思いっきり情熱的な感じ!第3曲は、少し哀しげな歌曲を歌っているようで、重いピアノの和音に対し、ヴィオラは滑らかで美しいと感じました。やわらかな高音をのばしながら続けて第4曲へ。なんとヴィオラ独奏!はじめはゆったりと美しく、しかし次第にスピード感あるシャープな演奏に。様々な奏法が出てきて、私は初めて聴く音ばかり!演奏は音を発している時はもちろん、間合いにも気迫が感じられました。そのまま続けて第5曲へ。アップテンポなジャズを思わせる音楽で、音を刻むヴィオラにジャズ風のピアノがクール!クライマックスではどんどん勢いを増し、鬼気迫る演奏がとにかくすごい!「主役としてのヴィオラ」の圧倒的な存在感。私はヴィオラの事を知らなすぎました!
後半。はじめはコレッティ「3つの小品」。第1曲、ゆったり歌うヴィオラが、音階を上ったときにふっと音がまるくなるのが素敵!現代曲でも、とても温かさと優しさが感じられる心地よい音楽でした。高音でのフェードアウトがきれい!ガラリと雰囲気が変わった第2曲は、ドラマチックでまるで映画音楽!哀愁たっぷりのピアノの序奏から引き込まれ、続いて登場したヴィオラの哀しい歌がとても素敵でした。哀しいけどどこか温かで、人の心に寄り添ってくれる音色が素敵!途中で登場した短いヴィオラソロは一人語りのよう。中盤、ピアソラのタンゴのようなテンポでの大人っぽい感じがカッコイイ!そして第3曲には度肝を抜かれました。即興演奏のようにキュイーンと鳴らした序奏から入り、舞曲のようなメロディの演奏は、あり得ない程にどんどんスピードを増していって、目の前で繰り広げられる超絶技巧にただただ驚愕!2002年発表の比較的新しいこの作品を、すごい演奏で聴かせて(見せて)頂き感激です!
クラーク「モルフェウス」。モルフェウスはギリシャ神話における夢の神だそう。その名の通り、霧がかかったような響きのピアノに乗って、ヴィオラの曲線を描くようなゆらぐ音が印象的でした。繰り返すピアノのグリッサンドに乗った、ヴィオラの味わい深い低音での歌が心に沁みます。高音でのトレモロはインパクト大で、私はなぜかラヴェルを連想。超高音でフェードアウトするラストが素敵!まるで歌曲のような表情豊かで美しい響きが楽しめました。
プログラム最後の演目は、ブラームス「ピアノとヴィオラのためのソナタ 第1番 ヘ短調 Op.120-1」。第1楽章。序奏の分厚いピアノに、私は「ブラームスのピアノ、キター!」と心の中で大喜び!そこに滑らかに乗ったヴィオラのほの暗い音色もまさにブラームスの響きで、最初から心掴まれました。ヴィオラが高音で感情を露わにするところでは芯の通った力強さを、音階を次第に上っていくところには内に秘めた思いが感じられ、すごくドラマチック!クラリネットだと一番低い音から一番高い音への移行となるところでも、ヴィオラはさすがの音域の広さで、低音域にも高音域にもまだまだ余裕がありそう。中盤の穏やかなところでは、ほんの少し希望の光が垣間見えたと感じました。滑らかな重音奏法がとっても素敵!まるで哀しみさえも慈しんでいるかのよう!第2楽章、ピアノの優しい響きに乗って、静かに語るようなヴィオラ。まるで歌曲のような美しさ!強弱の波や音の揺らぎを丁寧に表現する演奏から、繊細な感情の機微が感じられました。ヴィオラが一呼吸のときのタイミングで響くピアノ、これは愛!私が好きなブラームス流の愛と優しさが感じられたのがうれしかったです。第3楽章、2人でゆったりダンスしているような幸せな感じ!ピアノとヴィオラがメインとサブを何度も交代しながら演奏。その流れがごく自然でまったく無理がないのは、何度も共演を重ねてきたお二人だからこそ!ピアノがメインのときのサブのヴィオラがとても細やか。またヴィオラが歌いながら低音域から高音域、高音域から低音域へゆっくりと移動したところにも、複雑な思いを垣間見た気持ちになりました。第4楽章、明るいピアノの序奏から気分があがります。ヴィオラは流れるようなところも音を刻むところも軽やか!リズミカルな掛け合いは楽しく、ピアノのソロでの堂々たる響きや可愛らしいところの変化も素敵!中盤、明るさにほんの少し影が差すところでのヴィオラは、深刻になりすぎない(あくまで個人的な感覚です)のがとっても良かったです。ヴィオラが2回、音階を駆け上っての明るい締めくくりが清々しい!苦悩多き人生での様々な思い超えて、ここに至ったブラームス。最晩年のブラームスに、そしてそんな彼に会わせてくださったお二人の演奏に、大拍手です!
カーテンコールで青木さんがマイクを持ちごあいさつ。客席へのお礼をおっしゃった後、アンコールとなりました。チャイコフスキーの歌曲「ただ憧れを知る者のみが」。原曲はゲーテの詩に曲を付けた歌曲で、今回はヴィオラが歌うスタイルです。ピアノの序奏からとても温かで優しい感じ。しっとり歌うヴィオラが美しい!感極まったところでの高音の重音がすごく素敵!青木さんのヴィオラが持つ歌心の良さを改めて感じました。
拍手喝采の中、青木さんが「もう1曲、弾いてもよいでしょうか?」とおっしゃって、会場はさらに盛大な拍手で盛り上がり、アンコール2曲目へ。カッチーニ(伝)「アヴェ・マリア」。私は以前チェロによる演奏を聴いたことがあり、とても好きな曲です。ボンボンボン……と音を刻むピアノの序奏からとてもドラマチック!程なく登場したヴィオラの歌心にまたしても魅了されました。切ないメロディを哀しく歌うヴィオラが美しい!低音域も高音域もどちらも素敵で聴き入りました。盛りだくさんの演目に加えアンコールを2曲も!最初から最後までヴィオラの魅力満載の演奏をありがとうございました!次は、ヴィオラのオリジナル作品の数々と、やはりブラームスのソナタ第2番を、お二人の演奏で聴かせてくださいませ。お待ちしています!
この日の前日に聴いたのはこちら。「骨髄バンクチャリティー 田島高宏&田島ゆみ ~春待ちコンサート~」(2023/03/14)。カザルスをテーマに、四者四様のバラエティ豊かな演奏。内なる繊細な感情と作曲家の思いを大切に扱ってくださったブラームスに感激!心温まるトークも楽しかったです。
そして2023/06/23には、青木晃一さんと石田敏明さんも参加される「ブラームス室内楽シリーズ ~イ調で結ぶ作品集~」が開催予定です。弦奏者は全員札響メンバー。演奏機会がとても少ない「ピアノ、ヴィオラとチェロのための三重奏曲 op.114」(クラリネット三重奏曲のヴィオラ版)に大注目!今からとても楽しみです。
最後までおつきあい頂きありがとうございました。