イギリス在住のピアニスト・関治子さんがプロデュースするイギリス音楽の演奏会。その第1回目となる公演がStudio26にて開催されました。共演するのは、イギリス音楽好きという札響副首席ヴィオラ奏者の青木晃一さん。私が聴いたのは、同一内容での昼・夜2回公演のうち、昼の第1公演です。年の瀬の慌ただしい時期にもかかわらず、会場の2階席までお客さんが入る盛況ぶりでした。
シリーズ イギリス音楽 Vol.1 ヴィオラとピアノで奏でるイギリス音楽の花束 (第1公演)
2023年12月28日(日)14:00~ Studio26
【出演】
青木 晃一(ヴィオラ) ※札響副首席ヴィオラ奏者
関 治子(音楽監督・ピアノ)
【曲目】
エリック・コーツ:出会い
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ:『イギリス民謡による6つのスタディ』より「第5曲」
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ:『ヴィオラとピアノのための組曲』より「第2曲 キャロル」「第3曲 クリスマス・ダンス」「第8曲 ギャロップ」
シリル・スコット:チェリー・ライプ
レベッカ・クラーク:子守唄
レベッカ・クラーク:ヴィオラとピアノのためのソナタ
(アンコール)
サミュエル・コールリッジ=テイラー:カバティーナ
コレッティ:サーカス
ヴィオラとピアノで奏でるイギリス音楽の数々は、すべてが世界に1つだけの花!オンリーワンの魅力にたくさん出会えた、心温まる演奏会でした。私にとっては今回すべてが「お初」の演目であり、作曲家の名前さえよく知らないものばかり。しかし「めずらしい」というだけでなく、この時代のイギリス音楽の親しみやすい個性に触れられたことと、独奏楽器としてのヴィオラの魅力をたっぷり堪能できたことも嬉しいポイントで、めいいっぱい楽しむことができました。イギリス音楽に造詣が深い関さんによる選曲の良さ、そして作品と作曲家への愛あふれるピアノと解説を聴けるのは特別な体験!また青木さんのヴィオラは、今回も様々な表情で聴き手を魅了してくださいました。派手な表現や超絶技巧のすごさはもちろんのこと、素朴な民謡の細やかな表現がとっても素敵!奥ゆかしい音色のヴィオラだからこそ、心にしみ入る懐かしい感じが際立つのかも?もちろん技術と表現力、音楽への愛あってのことと思います。青木さんのヴィオラを通じて、今まで知らなかった音楽とその魅力に出会えるのはとてもうれしいです。これからも追いかけ続けます!
演目の合間には曲目解説をメインとしたトークがたっぷりあり、また終演後の茶話会でも様々なお話をうかがうことができました。心理的・物理的に演奏家と観客の距離が近いのも小さな会場の良いところです。今回取り上げられた作品は、いずれもヴィクトリア王朝の陰りが見え始めた時期(音楽家以外の著名人として、ダーウィンやディケンズ、レイトン等の名前があげられました)のもの。この頃のイギリスにヴィオラのための作品が多い理由は、ヴィオラの名手であるライオネル・ターティスがいて、彼を意識した作品が競うように作られたため、とのことです。私はライオネル・ターティスを以前青木さんのコンサートで知り、歌曲のヴィオラ向け編曲者(ブラームスの歌曲の編曲も手がけているようです)として認識していました。同時代のイギリスの作曲家たちへ多大な影響を与えるほどの名ヴィオリストだったのですね!ちなみに、やわらかく歌い、人の声に近いヴィオラは、(民謡を活かす事が多い)イギリス音楽と相性が良いというお話もありました。また今回、大曲のソナタを取り上げたレベッカ・クラークについては特に詳しく解説。女性だった事から、様々な理不尽な目にも遭ったようです。とにかくヴィオラが上手で、当時はかなりの名手でなければ機会が得られなかった演奏録音もあるのだそう。レベッカ・クラークが師事したチャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォードの門下には、この日に登場したヴォーン・ウィリアムズやホルスト等がいる、といったお話もありました。個人的に、スタンフォードはブラームスの回想録を書き残していることで認識しており、ここで名前が出てきてうれしかったです。レベッカ・クラークの作品は、全体の6割ほどが未発表で、埋もれた作品がこれから出てくるのが楽しみ、というお話もありました。今後新たな作品に出会えることを、私も楽しみにしています!関さんと青木さんの演奏で聴けたらなおうれしいです。
開演前に、会場のオーナーである本堂さまよりごあいさつと出演者の紹介、終演後の茶話会の案内がありました。出演者のお2人が拍手で迎えられ、演奏開始です。1曲目は、エリック・コーツ「出会い」。優しく美しいピアノの響きに乗って、ゆったり歌うヴィオラは温かく懐かしい感じがしました。駆け足になるところや高らかに歌うところ、一方で独り言のような深みある低音がゆらぐところと、細やかな変化は内に秘めている様々な感情を映し出しているようで素敵!高音でフェードアウトするラストがとても美しかったです。演奏後に、英語のタイトルは "first meeting" で、フランス語のタイトル "Souvenir" には「お土産」といった意味がある、と解説がありました。
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ『イギリス民謡による6つのスタディ』より「第5曲」。本来はチェロのための曲だそうです。そっと登場したヴィオラの掴みの1音の繊細さ!フィドルのような掠れた音による、郷愁にかられる歌が心に染み入りました。ピアノにメロディが移ったとき、それまでメロディを歌っていたヴィオラが流れるように伴奏のうねうねした音に変化していったのがすごい!このグラデーションのおかげで、ぐっと奥行きが感じられました。超高音でのフェードアウトがきれい!
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ『ヴィオラとピアノのための組曲』より、3つの曲が取り上げられました。「第2曲 キャロル」は、先ほど聴いたフォークソングにも似た素朴さと、清らかな美しさに、私は田舎の家庭で過ごす聖夜をイメージ。ピアノのリズムは、ゆりかごのよう。「第3曲 クリスマス・ダンス」は、ヴィオラがガッガッガッ♪と弦をかき鳴らしたり、滑らかに歌うところはピアノがスキップするようだったりと、リズミカルに踊る音楽が楽しい。手首をクルクルひねりながら弦を擦って跳ねるような音を奏でたのは、見た目にも面白かったです。あっけない感じで終わったのも印象的でした。「第8曲 ギャロップ」、これがすごかったです!速いテンポでガンガン派手に盛り上げる演奏!高速に音階を駆け上ったり、ピアノと丁々発止のやり取りをしたりと、勢いとノリがカッコイイ!掠れた音で思いっきり行く演奏は、かしこまったクラシック音楽のイメージとは異なる個性で面白かったです。終盤にはピアノが沈黙してのヴィオラ独奏もあり、短いながらも協奏曲のカデンツァのようなインパクトでした!
シリル・スコット「チェリー・ライプ」。スコットは「イギリスのドビュッシー」とも呼ばれる作曲家で、詩も書く人、と紹介されました。この曲はライオネル・ターティスによる編曲で叙情的になっているものの、元々は子ども達が口ずさむ童謡だそうです。日本語にそのまま訳すと「熟れたサクランボ」で、これは恋する人の唇の意味合いもあるのだとか。シンプルなメロディをヴィオラは優しく愛らしく歌い、一辺倒ではなくフレーズに丸みをつけるのが色気があってとっても素敵!童謡というよりは、大人の淡い恋のよう、と個人的には感じました。ヴィオラがフェードアウトして、ピアノがそっと和音を鳴らしたラストの奥ゆかしさが素敵!
レベッカ・クラーク「子守唄」。この曲は、今回の演奏会にまずレベッカ・クラークのソナタを取り上げることが決まってから、あと1つと考えて選んだものだそうです。ソナタ第3楽章に似ているというお話も。ゆったり寂しげ歌うヴィオラに、私は少しだけ日本の子守歌の雰囲気を感じました。中盤でヴィオラのメロディが駆け足になったときは、ピアノがキラキラした音で彩り、神秘的な感じに。ピアノが沈黙してのヴィオラ独奏や、ヴィオラの超高音が登場し、ほのぼの系ではない子守歌に私は少しぞわっとしました。
レベッカ・クラーク「ヴィオラとピアノのためのソナタ」。このソナタは、レベッカ・クラークが匿名で出したコンクールで、最終選考の2作品に残ったもの。審査員が3対3に別れ、パトロンの鶴の一声でクラークが落選した(優勝はブロッホの作品だったようです)、というエピソード紹介がありました。。ヴィオラの名手のクラークらしく、この曲は超絶技巧だらけでヴィオラに容赦ない書き方(!)で、それでも理にかなっているそう。またピアノの方は「ヴィオラがどれほど美しく聞こえるか」に重きを置かれているため、人間の指に収まりきれない書き方(!)がされているのだとか。初めて聴いても懐かしい感じがするのは、日本でなじみ深い「ヨナ抜き」(ペンタトニック?)で書かれているから、といった解説もありました。第1楽章 掴みのヴィオラの強奏が鮮烈なインパクト!カントリー調に歌うヴィオラの下で、ピアノがずっと和音をのばし続けていたのが印象的でした。少し落ち着いたところでのゆらぐヴィオラはミステリアスな感じ。しかし華やかな盛り上がりと地続きになっていて、生き生きとした流れが素敵でした。静かにメロディを奏でるピアノに、重なるヴィオラが弓をダイナミックに上下させながら音階を細かく上り下りする演奏は、見た目にもインパクト大!第2楽章 こちらの楽章がとても面白かったです!舞曲のようなリズムでピアノと呼応しながら、ヴィオラがリズミカルにピッチカートしたり、小刻みに弦を鳴らしたりと、様々な奏法が次々と。弦をゆっくり動かしながら、ごく小さな音から次第に浮かび上がってくる演奏では、その研ぎ澄まされた空気に引き込まれました。第3楽章 ピアノの序奏は寂しげで、私は日本の子守歌の怖い部分を垣間見た気持ちに。幻想的に歌うヴィオラもまた、先に聴いた「子守唄」のようなほの暗さ得体の知れなさが感じられました。チェロのように弦を押さえる手を震わせていたり、メロディがピアノに移った裏でトレモロをしていたり、そのトレモロを継続しながらメロディも奏でたり(一体どんな仕組みで!?)と、超絶技巧が満載!終盤、ヴァイオリンのような高音で連続してひたすら音を繰り出す演奏がすごい!フィナーレで何度も登場した重音の贅沢な響き!超充実の演奏、見応え聴き応え抜群でした!
カーテンコール。出演者のお2人からごあいさつとお話がありました。「こんな事は初めてです」と青木さん。実は今回の演目すべて、青木さんが演奏するのは「お初」で、札響の第九が終わってから約2週間で仕上げたのだそうです(!)。あまりにも大変で、国際電話をかけて関さんに変更をお願いしようかと何度も考えた、と仰っていました。充実の演奏に無理している様子はまったく感じられなかったので、私は心底ビックリ!おそれいりました。これこそプロのお仕事ですね!そしてアンコールの曲目紹介へ。アンコール1曲目は、サミュエル・コールリッジ=テイラー「カバティーナ」。関さんによると、有名な英文学者と同じ姓のコールリッジ=テイラーは、白人と黒人のハーフで私生児。近年のブラック・ライブズ・マターで注目されるようになったそうです。若くして亡くなった事、ドヴォルザークが好きだった事も紹介されました。なお、この作品は本来ヴァイオリンのためのものだそう。優しいピアノの和音に乗って、落ち着いた美しい音色てゆったり歌うヴィオラが美しい!愛あふれる歌曲のようでした。ヴィオラが感極まるように歌うところでは、ピアノもダイナミックに!ピアノの和音を2回優しく鳴らす締めくくりは、思い出を愛しむよう。心癒やされる素敵な演奏でした。
拍手喝采の会場で、青木さんが耳を澄ます仕草をして、熱いエールに応える形で(ありがとうございます!)、アンコール2曲目へ。コレッティ「サーカス」。キューン♪という導入から異次元のクールさ!小刻みに弦を擦る演奏は目にも留まらぬ早業で、弓をダイナミックに上下に動かしてぐいぐい行く演奏のインパクト!息つく暇も無いほど、気迫あふれる演奏に圧倒されました。すごすぎます!
終演後は、出演者のお2人とお客さん達との茶話会がありました。お菓子のトレーには、関さんのロンドンお土産も!参加者は自由にお菓子と飲み物(ジュースや紅茶の他、ワインも用意されていました)を楽しみながら、ピアノの前に腰掛けた出演者のお2人のお話をうかがい、ざっくばらんに質問する形式。関さんは、オケ団員でもある青木さんが演奏を合わせてくれてやりやすかったと仰っていました。青木さんは、会場の設置や柱の位置関係からピアノに背を向けて演奏する形になり、空気で察して演奏していた(!)とのこと。レベッカ・クラークの事を掘り下げたお話に、関さんが在住するイギリスの事、青木さんが歌劇場のオケ団員として7年滞在していたドイツの事など、様々な話題が登場。約1時間、大いに盛り上がりました。休憩なし1時間10分ほどの公演でお疲れのところ、また夜の公演が控えているにもかかわらず、終演後の歓談にもたっぷりお付き合いくださりありがとうございます!またこのような機会がありましたら、私はぜひうかがいたいです!
「青木晃一&石田敏明 ビオラ&ピアノ デュオコンサート」(2023/11/26)。野幌までプチ遠征。メインのブラームスに加え、小品をアンコール含め10曲と盛りだくさん!魅力あふれる演奏で、耳慣れたブラームスのソナタが一層愛しくなりました。トークも楽しかったです。
ヴォーン・ウィリアムズの演奏機会が少ない作品が取り上げられた演奏会です。「ウィステリアホール プレミアムクラシック 2023シーズン 23rd 」(2023/10/29)。信頼のメンバーによる室内楽。ブラームスのクラリネット三重奏曲とホルン三重奏曲は、作曲家の人生を思わせるものでした。V.ウィリアムズのめずらしい編成の五重奏曲は超充実の演奏!期待を大きく上回る幸せな演奏会でした!
2020年の記事になりますが、「『ブラームス回想録集』全3巻 天崎浩二(編・訳) 関根裕子(共訳)」の感想文を弊ブログにアップしています。レベッカ・クラークを育てたアイルランド系作曲家のチャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォードによる回想もありますので、よろしければお読みください。
最後までおつきあい頂きありがとうございました。