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ふきのとうホールにて、世界的なカウンターテナーの藤木大地さんのリサイタルが開催されました。ピアノ伴奏は、2022年4月に札響と共演されたばかりの岡田奏さん。これは間違いなく「聴き」と、私は早い段階でチケットを入手。当日を楽しみにしていました。
藤木大地 カウンターテナー・リサイタル
2022年06月11日(土)19:00~ ふきのとうホール
【演奏】
藤木 大地(カウンターテナー)
岡田 奏(ピアノ)
【曲目】 ※()は作詞
山田耕筰:この道(北原白秋)
橋本國彦:お菓子と娘(西条八十)
伊福部 昭:ウムプリ ヤーヤー(サハリン島 オロッコ族伝承曲)
三善 晃:林の中(高田敏子)
山田耕筰:野薔薇(三木露風)
G.フォーレ:月の光(P.ヴァルレーヌ)
C.ドビュッシー:星の夜(T.パンヴィル)
F.プーランク:美しき青春(作詞者不詳)
P.ルイギ:薔薇色の人生(E.ピアフ)
M.モノー:愛の賛歌(E.ピアフ)
E.モリコーネ:愛のテーマ(M.モリコーネ)
武満 徹:死んだ男の残したものは(谷川俊太郎)
加藤昌則:サンクタ・マリア(作詞者不詳)
加羽沢美濃:日々草(星野富弘)
木下牧子:鴎(三好達治)
R.シュトラウス:あなたは私の心の王冠(F.ダーン)
R.ヴォーン・ウィリアムズ:リンデン・リー(W.バーンズ)
P.チャイコフスキー:ただ憧れを知るものだけが(L.W.ゲーテ)
F.リスト:愛の夢(F.フライリヒラート)
R.シューマン:献呈(F.リュッケルト)
(アンコール)
G.フォーレ:リディア
F.プーランク:愛の小径
加藤昌則:もしも歌がなかったら(宮本益光)
ピアノはスタインウェイでした。
まさに唯一無二の演奏、魂を揺さぶられるスペシャルな体験でした!この出会いに感謝いたします。プログラムの表紙には「この声を知る驚き、触れる喜び!」とありましたが、加えて「真心に触れる喜び」でもあったと私は言いたいです。美しいお声の響きだけでなく、スケールの大きさや深みが感じられる演奏には、血の通った人間の心があると確かに思えました。以前、新聞記事(2020/09/12 朝日新聞土曜版)にて藤木さんが語っていらした「どんな曲も、美しい言葉を思いついた瞬間の詩人のような、みずみずしい心で歌い続けられるかどうか」という目標は、この日の藤木さんの演奏を聴いた限り、有言実行されていらっしゃると感じました。もとより「言うは易く行うは難し」であり、今日に至るまでには様々な積み重ねがあったと拝察します。どの演目も素晴らしい演奏でしたが、中でもやはり「死んだ男の残したものは」と、その後の数曲の流れに深く感銘を受けました。この重いテーマをエンタメ消費するのではなく、真摯に向き合いベストな形で私達聴き手に届けてくださったと私は思います。私は、「死んだ男の残したものは」を藤木さんの演奏でもう一度、いえ何度でも聴きたいです。きっと出会う度に受け止め方は変化すると思いますし、藤木さんの真心ある演奏に触れれば、重いテーマにもその時の自分なりに向き合える気がします。せめてそうしていくことが、平和な今の世の中で不自由なく暮らせている一人の人間としての責務なのかも。そんな大切な気づきを頂けたことにも感謝です。
今回の演目は、日本とフランスの曲を中心に、作曲家の出身地や作曲時期は多種多様。どの曲も大切に演奏してくださり、一つ一つの曲がまるで小さな物語の世界のようでした。また藤木さんは特別なお声を完全にご自分のものにされていて、安定感がある上でささやくようだったり力強かったりと、シーンに合わせて演じ分けておられました。アンコールを含め実に23曲も!レパートリーの幅広さと見事な演奏、敬服します。同時に、岡田さんのピアノ伴奏が大変素晴らしかったです。藤木さんとは初共演だった岡田さん。いつもとは違う演目の数々、しかもすべて性格が違うものをいくつもご準備するのはとても大変だったことと存じます。しかし岡田さんのピアノに不安要素は一切無く、まるで長年のパートナーのように、藤木さんとの阿吽の呼吸での掛け合いをした上で、各曲の個性が際立つ表情豊かな演奏を聴かせてくださいました。プロのお仕事とはいえ、頭が下がります。
そして今回、私はふきのとうホールの良さをしみじみ実感しました。他では聴けないここだけの企画に、音の響きが最高!私の演奏会通いの歴史はふきのとうホールから始まっていることもあり、この場所に戻ってこれた喜びはひとしおでした。ここ数年はコロナ禍のため主催公演の公演中止が続きましたが、今後は状況が許す限り演奏会を開催頂きたいと切に願っています。
出演者のお二人が舞台へ。すぐに演奏開始です。なお藤木さんは全曲暗譜での演奏でした。前半、1曲目は山田耕筰「この道」。おなじみの日本の歌を、しっとりと美しい演奏で。「ああー」の高い声が儚げだったのが印象的でした。橋本國彦「お菓子と娘」は、可憐で小粋な感じ。「パリジェンヌ」や「エクレール」といった言葉を日本語でまっすぐに歌ったのが、素朴なメロディと相まってなんとも素敵でした。ちなみに個人的には、この2曲目から藤木さんのお声がしっくり来て演奏を心から楽しめるようになりました。まだ1曲目の時点では、自分の想像を超えた高く美しい声にちょっと戸惑ってしまったので(ごめんなさい!)。伊福部昭「ウムプリ ヤーヤー」は、前奏の力強いピアノから既に伊福部ワールド!リズムの初めの方にアクセントがあると、私にはどうしてもゴジラのイメージが浮かびます。このピアノに乗るカウンターテナーも生命力あふれる感じで、独特なリズムと声の揺らぎがインパクト大!言葉の意味はわからなくても、エスニックな響きを楽しめました。三善晃「林の中」は、先ほどとはガラリと雰囲気が変わり、ピアノのやさしい響きに、いたいけな少女を思わせるカウンターテナーの歌声がとっても素敵。またラストの高音の余韻がとても印象に残っています。山田耕筰「野薔薇」は、素朴でも芯の強いイメージ。シューベルトはじめ多くの作曲家がゲーテの詩に曲をつけたドイツ歌曲とは違う、「日本の野バラ」の良さをしみじみと味わいました。なお私は後からネット検索で知ったのですが、ここでの「野薔薇」は北海道のハマナスを指すようです。今回の会場のふきのとうホールを運営する、六花亭の包装紙に描かれた花!粋な計らいをありがとうございます。ここまでの演奏が終わると、出演者のお二人が一旦退場されました。
日本の歌に続いては、フランス系の作品。G.フォーレ「月の光」。月明かりを思わせる仄暗いピアノにまず引き込まれ、ほどなく登場したカウンターテナーの透明感ある声は、まるで月の精。幻想的でとっても素敵!C.ドビュッシー「星の夜」。ピアノがキラキラと夜空に瞬く星々のよう。カウンターテナーの美しくも力強い声は、地に足を付けた人の強さを感じました。前の曲の「月」と好対照なのもよかったです。F.プーランク「美しき青春」は、テンポが速く言葉数が多い曲で、勢いのある演奏。中でも「ラララ」と高い声で弾むところがパワフルで、こんなに高い声なのにがっちり太い!と圧倒されました。ちなみに私は帰宅後に詩の対訳をネットで探してみて……なかなか過激な内容でびっくり!作詞者は不明とのことですが、もしかして名乗れないのかも?藤木さんの美しいお声がこんな内容の言葉を発していたのかと思うと、ちょっと複雑です(笑)。前半最後は有名なシャンソンを2曲。P.ルイギ「薔薇色の人生」は、高く美しい、しかし意思あるお声で、大人のムードたっぷりの歌を聴かせてくださいました。M.モノー「愛の賛歌」は、甘えて依存することはない、自立した人の愛が感じられ、その美しさにはっとしました。中盤のささやくようなところでも内に秘めた情熱が感じられ、またピアノがピアニッシモで寄り添ったのが素敵でした。
休憩後の後半、1曲目はE.モリコーネ「愛のテーマ」。哀愁を感じる、切なく美しい歌声に胸を焦がされました。またピアノが少しずつ高い音へ上昇していくところに希望が感じられたのも素敵。山場となる曲の前に、有名な映画音楽をしみじみと聴かせる演奏で楽しませてくださりありがとうございます。そして、武満徹「死んだ男の残したものは」へ。藤木さんは精神を集中させ、心身共に準備が整ってから演奏に入りました。1番の「男」は無伴奏で、ピアノ伴奏が入ったのは2番の「女」以降。研ぎ澄まされた第一声から、別次元の世界へ引き込まれたような不思議な感じに。事実を淡々と語る歌詞に、過剰な装飾のない音楽。なのにものすごい魂の叫びが感じられ、私はただただ打ちのめされました。「他には何も残さなかった」人達のことを思うとこみ上げてくるものがあり、「子供」のところでかなり参ってしまった私。しかしこの時は泣いてはいけない気がして必死で堪えていました。戦争はむごい、そう言うのは簡単でも、私はそのむごさを絶対にわかっていないから……その時の私は自分にそう言い聞かせていました。しかし実際は、言いようのない感情に真正面から向き合うのが怖かったのかもしれません。後からそう思えてきて、自分が情けなくなりました。会場の人達はそれぞれの受け止め方をなさったと思いますが、ものすごい衝撃を受けたのはきっと皆さん同じ。演奏が終わってもしばらく客席は静まりかえっていました。そのまま続けて次の曲へ。加藤昌則「サンクタ・マリア」。重厚感のあるピアノに、天国的な響きのカウンターテナー。純粋で崇高な「アーメン」が強く印象に残っています。鎮魂と祈りの音楽は、今生きている私達の救いでもあると感じました。加羽沢美濃「日々草」。作詞の星野富弘さんは、事故で身体が不自由になってから絵と詩の創作をされるようになったかたですね。私は著作を読んだことがあります。日々を生きていく中で、笑ったり泣いたり望んだり諦めたり……「諦めたり」で更に高い声になったところが胸に来ました。こんなふうに感情が揺れ動くのも、生きている証。木下牧子「鴎」は、穏やかなピアノに、透明感に力強さも感じられるカウンターテナー。何度も登場する「ついに自由は彼らのものだ」が泣けて泣けて。翼を折られ傷ついた「彼ら」が、これから飛翔できますように。ここまでの演奏が終わると、出演者のお二人が一旦退場されました。
クライマックスは愛あふれる曲がテーマでしょうか?作曲家の出身地はドイツ・イギリス・ロシア・ハンガリーと様々で、個性豊かな曲の数々が演奏されました。R.シュトラウス「あなたは私の心の王冠」。中盤ほんの少し陰りがあったものの、愛する人を信じまっすぐに歌う感じが素敵でした。R.ヴォーン・ウィリアムズ「リンデン・リー」。イギリスの片田舎の風景が目に浮かぶような、素朴な民謡風のメロディが心地よかったです。流れるようなピアノとのびやかな歌声が、終盤に少しだけ細かく音を刻む演奏になったのが印象に残っています。P.チャイコフスキー「ただ憧れを知るものだけが」。ゲーテの詞ということはドイツ語でしょうか?穏やかなピアノに、独白するようなカウンターテナー。感極まったところではピアノも大きな音になる等、声の感情にピアノが自然にシンクロしていたのも素敵でした。F.リスト「愛の夢」。ピアノ独奏曲としても有名な曲で、オリジナルの歌曲の演奏を聴くのは私は初めてでした。ささやくようなところも感極まって情熱的なところも、すべてに「愛」が溢れていて、ただ甘いだけじゃなく力強さも感じられました。また、一瞬カウンターテナーが沈黙するところや、ピアノが沈黙してカウンターテナーのみで演奏するところがあったのも印象に残っています。R.シューマン「献呈」。私はこの曲に何度も登場するドイツ語で du と呼びかけるところが好きで、今回は藤木さんのお声でそれが聴けてうれしかったです。ちなみに私は、この日の5日前にバリトンによる「献呈」の演奏を聴いたばかり。男気ある低い声もイイけど、高いかつ芯のある声での演奏も素敵です!
カーテンコールの後、アンコールへ。1曲目はG.フォーレ「リディア」。ゆったりと穏やかなピアノに、美しく時折感情が揺らぐようなカウンターテナー。フランス流の品のある響きを味わえました。アンコール2曲目はF.プーランク「愛の小径」。前半のほの暗く大人っぽい雰囲気と、後半のスキップするような明るさ(ピアノのタンタタン♪も素敵)、表情の変化を楽しめました。
ここで初めて藤木さんと岡田さんがマイクを持ってトーク。私は初めて耳にした藤木さんの地声にびっくり!良いお声でしたが音域はテノールでは?カウンターテナーは裏声を使うとの予備知識はあったものの、実際に違いを目の当たりにするとそのギャップに驚かされます。ちなみに藤木さんは「しゃべらずにいようかと85%(微妙な数字・笑)くらい思っていた」そうです。しかし、残り15%の方が勝ってトーク時間を設けてくださりありがとうございます!すごすぎる演奏を聴いてきた私達は、藤木さんが「雲の上の存在」のように思えていたのですが、トークのおかげで心の距離感がぐっと縮まりました。藤木さんはとっても気さくなお人柄で、トークの間は何度も笑いが起き会場は和やかな雰囲気になりました。藤木さんの札幌での公演は2年半ぶりとのこと。滞在中に何回食事する機会があるかを数えて、函館出身の岡田さんや札響のお友達(!)に色々と教えてもらい、「食べに行きたいところマップ」を作ったとおっしゃっていました。また藤木さんと岡田さんは初共演。直接の面識がない時に、藤木さんの方から岡田さんにお声がけ(インスタで!)されたそうです。岡田さんは、普段とは勝手が違う歌曲の伴奏に緊張されていたものの、今回はとっても幸せな共演ができたとおっしゃっていました。終わりには岡田さん、続いて藤木さんのCDの宣伝もありました。なお藤木さんの公式サイトから申し込むと、藤木さんのサイン入りで送って下さるそうですよ。楽しいトークの後、「水を一口飲んで、声を戻してから戻ってまいります」と、出演者のお二人が一旦退場されました。
アンコール3曲目は加藤昌則「もしも歌がなかったら」。今回の演奏会のラストにふさわしい選曲!藤木さんはここまでずっと歌い続けているにもかかわらず、声量や声の質は最初から最後まで保ち、極上の美しい響きを聴かせてくださいました。「あなたと あなたと 出会うことはなかっただろう」の「あなたと」のところで、まずはピアノの岡田さんを指さし、2回目は客席に両手を広げるジェスチャー。本当に、歌があって、この日の演奏会での出会いがあったことに大感謝です!私は胸いっぱいになりました。演奏が終わって、最後の最後に藤木さんは客席に投げキッスをして胸の前で2回手でハートを作りラブラブきゅんきゅんの仕草。珠玉の名曲の数々を、唯一無二の演奏でたっぷり聴けて、私は幸せいっぱいな気持ちになれました。ありがとうございました!札幌には春夏秋冬それぞれに美味しい物がありますから、またぜひ札幌にいらしてください。お待ちしています!
終演後、ロビーにてお土産(六花亭のお菓子の詰め合わせ)を頂きました。最高の演奏が聴けた上にお土産まで頂いて、ありがたいやら申し訳ないやらです。ふきのとうホールと六花亭がある札幌に住んでいて本当に良かった!これからも上質な企画をぜひお願いします!
この日の5日前に聴いた、「ウィステリアホール プレミアムクラシック 16th バリトン&ピアノ」(2022/06/05)。ヴォルフとシューマン、いずれも詩人・アイヒェンドルフの詩に曲をつけたドイツ歌曲。作曲家の個性の違いが楽しく、愛あふれるトークと演奏のおかげで食わず嫌いの私でもヴォルフを楽しく聴けました。ちなみにアンコールでR.シューマン「献呈」が取り上げられました。
ピアノの岡田奏さんが札響と共演した「札幌交響楽団 hitaruシリーズ定期演奏会 第9回」(2022/04/15)。ラヴェルのピアコンはピアノが緩急つけて高音低音を自在に行き来し、オケと息のあった掛け合い。豪華な演目を気合いの入った演奏で聴けた、幸先の良い新体制・新年度のスタートでした。
最後までおつきあい頂きありがとうございました。