札幌交響楽団の首席チェロ奏者・石川祐支さんと、地元札幌でご活躍のピアニスト・大平由美子さんのデュオ・リサイタルが開催されました。今年はデュオ結成して10年となる節目の年で、今回のメインプログラムはフランクのソナタ(ヴァイオリン・ソナタのチェロ編曲版)。札幌市民の期待は大きく、残席わずかだった当日券(2階席の設定なし)も完売したとのことです。
石川祐支&大平由美子デュオ・リサイタル
2022年09月24日(土)19:00~ 札幌コンサートホールKitara小ホール
【演奏】
石川祐支(チェロ)
大平由美子(ピアノ)
【曲目】
ベートーヴェン: 魔笛の主題による7つの変奏曲 変ホ長調 WoO46
シューマン:幻想小曲集 op.73
ドビュッシー:美しき夕暮れ
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ(ピアノ独奏)
カサド:親愛なる言葉
フランク:チェロ・ソナタ イ長調(ヴァイオリン・ソナタ チェロ編曲版)
(アンコール)フォーレ:ロマンス
お二人にしか生み出せない音楽にどっぷり浸れて幸せです!私、札幌市民でよかった!難曲を見事に弾きこなすのは当たり前(もちろん大変な努力の賜と存じます)。それ以上に、よく知る曲を、まだ知らない音と表情で聴かせ、聴き手の心を掴んで離さないのがすごいんです。私、やっぱりこの音が好き!またお二人が呼吸をぴったり合わせ、同じ感情を共鳴し合うのがこの上なく素敵だと私は感じました。この自然な一体感、一朝一夕には到達し得ない境地なのでは?今回、お二人が得意とするドイツ系はもちろんのこと、カラーが異なるフランスとスペインの作品でも、どのシーンもはっとさせられる程の豊かで多彩な表情を私達に見せてくださいました。入魂の一つ一つの音すべてが心に響き、今この瞬間にしかない音楽に身も心も預けて浸れる幸せ!特にメインプログラムであるフランクのソナタは、しっかりした和音や低音の土台があった上で、高音のメロディが繊細な心の機微や情熱を映し出すのが素晴らしく、まるで酸いも甘いもかみ分けた人の人生ドラマを見ているようでした。美しいだけでも、ましてや超絶技巧を披露するだけのものでもない、この曲の本質が少しだけわかった気がします。今回のフランクのソナタについては、CD化を切に希望します!デュオ結成10周年の記念として、地元ファンに必ず喜ばれるはずです。カップリングには今回登場したドビュッシーやフォーレといったフランス作曲家の作品や、カサドはじめスペイン系もぜひ!
そしてお二人の演奏を聴きたいと、これほどたくさんの人が集まったことにも私は感激しました。私は比較的最近ファンになった新参者ですが、それこそ2012年の初リサイタルからずっと応援し続けている以前からのファンも少なくないと思われます。コロナ禍で演奏会ができなかった時期を経ても、こんなに多くのファンが集まるのは、お二人が長きにわたって地元ファンと良い関係を育んできたからこそですよね。お客さん達はお二人の演奏にまっすぐに向き合い、心からの拍手を贈り、トークではリラックスした空気。この会場の雰囲気の良さもとっても素敵でした。私の席の近くにいたご夫婦は、演目の区切り毎に演奏を賞賛していらっしゃいましたし、お隣にお一人でいらしたご年配の女性に「素敵な演奏でしたね」とお声かけ頂いたのも私はうれしかったです。演奏家とファンとの理想的な関係が、ここには確かにあると私は感じました。
それにしても、私、2012年の初リサイタルから追いかけられたらどんなによかったかと、つい悔やんでしまいます。お二人の演奏の変化を肌で感じたかったし、2016年リリースのCDに収録されたブラームスだって聴きたかった……しかし今更言っても詮無きこと。この出会いに感謝し、これからはずっと追いかけ続けます!地元で愛されるデュオとして、これからも私達に素敵な演奏を聴かせてください!
出演者のお二人が舞台へ。大平さんは、白地に花柄で肩の布が緑色のオフショルダーのドレス姿でした。すぐに演奏開始です。はじめはベートーヴェン「魔笛の主題による7つの変奏曲 変ホ長調 WoO46」。最初に主題が提示され、7つの変奏が続くスタイルの作品です。冒頭、チェロとピアノの堂々とした第1音がインパクト大!主題をピアノ、続いてチェロが高音域で歌うのが素敵です。音をのばさない軽快なリズムが楽しい第1変奏、スキップするような第2変奏、チェロとピアノが明るく会話するような第3変奏と、明るく楽しい音楽に、聴いている私達も楽しい気持ちに。そして短調になる第4変奏では、哀しげなピアノに続いて登場したチェロの低く深い音に引き込まれました。再び明るくなる第5変奏では、ピアノとチェロの軽快な掛け合いが楽しく、低音から高音へ駆け上るところが印象に残っています。ゆったりと歌う第6変奏から、最後の第7変奏へ。チェロとピアノがダンスしているようで、チェロが高音域で歌ったり低音のピッチカートを効かせたりと、表情の変化が楽しかったです。ラストはチェロとピアノで力強く締めくくり。様々な表情が楽しめた演奏。掴みはバッチリOKでした!
続いて、シューマン「幻想小曲集 op.73」。お二人のCDにも収録されている楽曲で、今回生演奏で聴けるのを私はとても楽しみにしていました。3曲で構成されています。第1曲、穏やかで優しい響きのピアノに乗って、ゆったりと流れるようなチェロに魅了されました。あくまでも穏やかな上で、感極まるような高音をのばすところがとっても素敵!ピアノと一緒に静かに消え入るところの繊細な響きも印象的でした。1曲目より少しテンポが速くなる第2曲は、ピアノとチェロが軽やかに会話するような流れがとても自然で、心地よく聴けました。シューマンらしい音階を駆け上るところも、ここではまだ控えめな感じで、この後に続く第3曲への期待が高まります。そして第3曲へ。情熱的に超高速で音階を駆け上るチェロがもう最高!知的な大人の男性がこんなふうに感情をあらわにする(あくまで個人的なイメージです)感じにぐっと来ます。高音の感極まるようなところが素敵すぎて、私は胸いっぱいに。この作品については、私は様々な録音(チェロもクラリネットも)を聴いてきましたが、やっぱり石川さんの演奏がピカイチです!その後のチェロが歌うところも「(演出として)気持ちが先走るような余裕のなさ」に、聴いている方も心かき乱される感じ。たまらなく良いです!ラストは自信に満ちあふれた堂々たる締めくくり。ああ人生バラ色!CDで繰り返し聴いてきた曲を、生演奏で聴けた感激はひとしおでした。
ここでトークが入りました。大平さんがマイクを持ち、「数多くの演奏会がある中で、私達の演奏会に足を運んでくださりありがとうございます」とご挨拶。満員の会場から拍手が起きました。コロナ禍で公演中止が続き、ようやく開催実現したお二人のリサイタルですから、この日を待ち望んでいたお客さんは多かったのでは?今回のプログラムについては、まずフランクのソナタをメインにすると決めて、フランスものとドイツものを組み合わせる形になったそうです。作曲家のフランクはバッハ研究もしていた人で、ドイツの重厚さの上にフランスの音楽を作っていると解説。今回のソナタは、ヴァイオリニストのイザイの結婚祝いとして作曲されたもので、フランクの友人のチェリストがチェロ用の編曲をしたのだそうです。なお、石川さんが以前人づてに聞いた「フランクのソナタは本来チェロ用に作曲された」という説については、どうやら違うようですと仰っていました。また他の演目についても簡単な紹介と解説がありました。
ドビュッシー「美しき夕暮れ」。歌曲をチェロが歌う演奏で、プログラムノートには解説に加えてオリジナルの歌詞と日本語対訳も掲載されていました(ちなみに詩の内容はぞっとする結末でびっくり……)。ゆったりとした幻想的なピアノに艶っぽく歌うチェロがとにかく素敵!かっちりしたドイツ系とは違った、たゆたう水のような響きが心に染み入ります。ラスト近くの盛り上がったところでビブラートがかかり、音の余韻が今この瞬間を慈しんでいるようでした。チェロとピアノが高い音で儚げにフェードアウトするラストが美しく鮮烈な印象。個人的には、たとえ日が沈んでも、朝になったらまた日は昇ると願いたいです……。
ピアノ独奏で、ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」。大平さんのお話によると、「パヴァーヌ」は第3音を抜いている(私は音楽の基本的なところが分かっていないため理解は及びませんが、仰ったことをそのまま記述します)、短調でも長調でもない曲だそうです。またラヴェル自身による管弦楽版もあるとのこと。低音のゆったりしたテンポに乗って、訥々と語るようなメロディ。短調ではないのにどこか寂しさのある音楽で、低音が効いたところでの遠くに聞こえる高音が美しく、重なる厚みのある和音が印象に残っています。同じメロディが終盤は高音がキラキラする感じで演奏され、ラストはたくさん音を重ねて締めくくり。しみじみ素敵な演奏でした!プログラムノートによると、ラヴェルのスペイン(母の祖国)への憧憬も窺えるというこの作品。素晴らしい演奏はもちろんのこと、次の演目への布石となっている選曲も気が利いています。
独仏プログラムの今回、ここで差し色としてスペインの曲が入りました。カサド「親愛なる言葉」。カサドが名チェリストのカザルスに贈ったという曲です。情熱的なピアノに続いて登場した、高音で胸焦がす音色のチェロが素敵すぎます!同じ演奏家が同じ楽器を弾いているのに、先ほどのドビュッシーとはまた別の表情。引き出し多過ぎです!演出としてかすれる音や揺らぐテンポに、否応なしに気持ちを全部持っていかれてしまいます。中間部で、一度少し低い音になってからの、加速しながら高音で細かく音を刻むところが超カッコイイ!その後の、ドラマチックなピアノに合わせて、思いの丈をすべて吐露したかのような切ないチェロすごく良くて。情熱いっぱいに駆け抜けたラストまで、超素敵な演奏を聴かせて頂きました!私の席から見た感じでは、もしかするとチェロは一番高い音の弦1本で演奏していたかも?舞台が遠かったので、もし間違っていましたら申し訳ありません。
後半、大平さんは大きな花柄のアンシンメトリーなデザインのドレスに衣装替えされていました。いよいよ大本番、フランク「チェロ・ソナタ(ヴァイオリン・ソナタ チェロ編曲版)」です。3月のチャリティコンサートでは前半のみの演奏だったため、今回ついに全楽章の演奏を聴けるのを私はとても楽しみにしていました。第1楽章、ピアノの和音が印象的な冒頭から、程なくチェロが登場。ピアノとチェロが綾を織りなす穏やかな流れのなんと美しいこと。感極まりチェロが高音で頂点に達したところがとても素敵で、私は思わず感嘆の溜息が。続くピアノ独奏の美しさにも胸打たれました。その後、同じメロディが変化しながら繰り返し登場する度に、チェロは音階が下がるところでぐっと低音になったり高音で儚げに歌ったり、またピアノもきらびやかだったり厚みのある和音だったりと、細やかな感情の機微が感じられました。第2楽章、ダイナミックなピアノの序奏から気分があがります。続いて登場したチェロの第1音から私はハートを射抜かれました……。身構えていてもこうなってしまう、もう絶対に敵いません。ピアノとシンクロして情熱的に駆け抜けるチェロが、熱量高いのに超クールでカッコイイ!少しゆったりしたところから、力強いピアノと切ないチェロによるドラマチックな展開も素敵でした。そしてやはりクライマックスでの、チェロが低い音でじっくりエネルギーをため、次第に加速して高音でメロディを歌う流れが圧巻です!これはやはりチェロのために書かれた曲なのでは?と、ついそう思ってしまうほど。第3楽章、ピアノとチェロがそれぞれ単独で交互に演奏する流れでは、チェロが1度目に登場したときの重音が印象的でした。また幻想的なピアノに合わせて、歌曲を歌っているようなチェロがとても美しく、抑えた感情の発露のようなチェロの高音が胸に来ました。そして第4楽章へ。ピアノとチェロが会話し合うようにメロディを歌うのがとても幸せな感じ。メロディを少し変化させてチェロが切なく歌うところや、ぐっと低音の効いたところ、魂の叫びのようなドラマチックなところと、目の前で生まれる音楽がすべて素敵で、私はずっと惹きつけられていました。クライマックスでの高音で歓喜を歌う天上的な響き!ただただ感激です。輝かしいフィナーレで幸せな気持ちは最高潮に。ああ聴けて本当によかったです!ヴァイオリンとは違う味わいでも、私にとってフランクのソナタ=この日の演奏となりました。ありがとうございます!
カーテンコールの後、トークがありました。「フランクのソナタを弾いた後はいつもフラフラになるんです」と大平さん。会場が和みました。本当に、大熱演でお疲れのところ、トーク時間まで設けてくださり感謝です。石川さんと大平さんはデュオ結成して今年で10年になるそうです。「10年間、色々なことがありました」と、2016年にはお二人のCDがリリースされたことや、石川さんは札響でエリシュカさん指揮によるドヴォルジャークのチェロ協奏曲を演奏しCDになったこと等のお話がありました。「石川さん、エリシュカさんのことをお話ください」と大平さんからいきなり無茶ぶりされて、石川さんは少し慌てた様子でした。石川さんのお話によると、エリシュカさんは札響に来た当初から石川さんに「ドボコンを一緒に演奏しよう!」と提案くださっていたそうです。約束は実現し、CDにも収録され、「彼(エリシュカさん)にはとても感謝している」と石川さんは仰っていました。なお9月はエリシュカさんが亡くなった月でもあるとのことで、今回の演奏会は追悼の思いも込めた、と大平さん。また、デュオ結成やCD制作にご尽力くださった、前の事務局長のかたへの感謝の気持ちも述べられました。
石川さんたっての希望でという、アンコールはフォーレ「ロマンス」。10年ほど前にあるチェリストの来日公演で取り上げられた曲で、石川さんはずっと演奏したいと願っていたそうです。チェロは初め低い音から入り、ほどなく高音域に。優雅で美しいピアノに身を任せ、甘やかに歌うチェロに心癒やされました。基本は高音域で、時折低音が入るのがアクセントに。秋の夜に心に染み入る演奏でした。大熱演の後に心穏やかになれるアンコールまで、ありがとうございました!これから先もデュオでの演奏を聴かせてください。ずっと応援していきます!
弊ブログの演奏会レポートのうち、今回ご出演のお二人に関連するものを3つご紹介します。
「骨髄バンクチャリティー 石川祐支&大平由美子 春待ちコンサート」(2022/03/05)。有名曲が中心のアットホームな会で、会場は終始和やかな雰囲。クラシック音楽になじみがない人も以前からのファンも、クオリティの高い演奏を心から楽しませて頂きました。
「<Kitara・アクロス福岡連携事業> 安永徹&市野あゆみ~札響・九響の室内楽」(2022/03/17)。オーケストラのような重厚なアンサンブルによる全身全霊での熱量高い演奏は、想像を遙かに超えるものでした。心を強く揺さぶられたこの日の演奏会を私はずっと忘れないと思います。
「Trio MiinA トリオ・ミーナ第3回公演 小児がんチャリティコンサート」(2021/11/23)。クオリティの高さと楽しさ親しみやすさが同居する、心温まる演奏会。隠れた名曲グラナドスに王道メントリの素晴らしさ。そして世界初演のパスカル・ヒメノは斬新で超面白かったです!
なおトリオ・ミーナ第4回公演は、2022年12月23日(金)に開催予定。私はとても楽しみにしています!
最後までおつきあい頂きありがとうございました。