https://www.kitara-sapporo.or.jp/about/dl/news2107.pdf
↑「Kitara News 2021/7」にて、出演者の皆様へのインタビュー記事が読めます。 ※pdfファイルです。
↑福岡公演の情報はこちら。出演者の皆様へのインタビュー記事が読めます。
元ベルリンフィル・コンサートマスターの安永徹さんと、安永さんのパートナーでピアニストの市野あゆみさん。クラシック音楽界の先達であるお二人と、札響・九響の首席奏者が共演する室内楽のコンサートが開催されました。Kitaraとアクロス福岡の連携事業で、先に福岡公演が開催され(2021年7月)、今回2022年3月は札幌公演です。当初は2021年9月に予定されていたものが延期となり、今回は待ちに待った開催でした。そして今回のKitara小ホールは2階席も解放され、平日夜にもかかわらず8割程の席が埋まっていました。
<Kitara・アクロス福岡連携事業> 安永徹&市野あゆみ~札響・九響の室内楽
2022年03月17日(木)19:00~ 札幌コンサートホールKitara小ホール
【演奏】
市野 あゆみ(ピアノ)
安永 徹(1stヴァイオリン)
山下 大樹(2ndヴァイオリン) ※九州交響楽団 第2ヴァイオリン首席
廣狩 亮(ヴィオラ) ※札幌交響楽団 ヴィオラ首席
石川 祐支(チェロ) ※札幌交響楽団 チェロ首席
※なお出演者はチェロのみ福岡と札幌で異なり(福岡は九響首席の山本直輝さん)、チェロ以外のメンバーは両方の公演にご出演されています。
【曲目】
ラヴェル:ピアノ三重奏曲 イ短調
ヴェーベルン:弦楽四重奏曲
ブラームス:ピアノ五重奏曲 ヘ短調 作品34
想像を遙かに超える名演奏に出会いました。あまりの衝撃に、私は終演後しばらく震えが止まらなかったほど。オーケストラのような重厚なアンサンブルが素晴らしいのはもちろんのこと、特に後半のブラームスでの熱量がすごかったです。このメンバーであれば、手堅い演奏で聴き手を納得させることだってできたと思われます。しかしこの日の演奏は、低音への力の込め方や高音での感情の振り切り方、感傷的なところの細やかさまで、どこをとっても全身全霊。背負うものが大きいかた達が、ためらいなく全力で取り組まれて、おそろしいほどに力強く気迫に満ちた演奏を聴かせてくださいました。これほどまでのかた達が、ひたむきに熱くなれるって、最高にクールです!この演奏を聴けた喜びはありきたりの言葉では表せません。ただただ、私はこの場にいられたことに心から感謝いたします。
ブラームスのピアノ五重奏曲は、個人的に思い入れが強い作品です。作曲家自身のターニングポイントとも言えるこの曲は、ブラームス「らしい」重厚さと「らしくない」感情の揺らぎが同居しているのが魅力の一つだと私は思っています。名盤の中にはひどく取り乱しているように聞こえる録音もありますが、今回のように堅牢なアンサンブルがあった上で感情を振り切る演奏だと、「揺らぎ」すら糧にして強い意思で前へ突き進んでいるように感じられました。これはすごい……。この作品の元となった弦楽五重奏曲(破棄)についての、朋友ヨアヒムによる「男性的な力と活気に満ちている」との評が、私にもようやくわかった気がします。しかしヨアヒムは同時に「演奏は難しい。精力的な演奏でないと不明瞭に響く」とも言っています。その後2台ピアノ版を経て、改訂を重ねてようやく完成したピアノ五重奏曲。やはり難曲であることは変わりないと思われますが、まさに今回はその難曲をとても精力的に演奏し、清々しいほど明瞭に響かせたのだと私は感じました。なお私達聴き手にとって、演奏家の過去の実績や今の肩書きは関係ありません。目の前の演奏が心に響くかどうか、ただそれだけです。その上でこの日の演奏は、いちブラームスファンである私の心を強く揺さぶるものだったと、私は掛け値なしではっきりと言えます。本当にありがとうございます。ブラームス本人もヨアヒムも、今回の演奏を聴いたらきっと喜んでくれるのでは?
これは私の勝手な想像ですので、もし違っていましたら申し訳ありません。今回の熱量や力強さは、単に腕力に任せた大きな音ではなく、もっと心の奥底にうごめく感情がぐっと込められた魂の叫びだったのかも?だからこそ強く心に響いたのかも?と、私は後からふと思いました。今回ご出演の皆様は、背負うものが大きい立場にあるが故に、大変なプレッシャーを感じたり理不尽な出来事に遭遇したりといった経験は山ほどされてきたと拝察します。人並み外れた感受性をお持ちのかた達ですから、心労の大きさも桁違いで、おつらい思いをたくさん重ねてこられたのでは?しかし、たとえどんなにおつらい状況であっても、常に奏でる音楽のみで前へ進むしかないお仕事。そんな今日に至るまで積み重なった様々な思いが、自己表現ではないとしても、演奏の熱量に込められていたのでは?と想像しました。いずれにしても、これほどまでの演奏を聴かせてくださったら、聴衆もオケ団員もスタッフも絶対に惚れますって!様々な思いは胸に秘めたまま、演奏そのもので周りを魅了する。周りがついて行くコンマスや首席奏者とはそんなかた達なのだと、今回私はそう感じました。九響には素晴らしい首席奏者がいらっしゃると知ったことも、もちろん私達の札響の首席奏者たちを今まで以上に素晴らしいと思えたことも、私はうれしかったです。そして、彼らに信頼され彼らと共にアンサンブルを創りあげ、ご自身も説得力ある演奏をなさる、安永徹さんと市野あゆみさんは超一流の音楽家でいらっしゃると、私は強く思いました。今回ご出演の皆様と同じ時代に生きて、その演奏を聴ける私達は幸せです。
私は今回の感激が忘れられず、できれば同じメンバーによる演奏をまた聴きたいと願っています。次は大らかな感じの演奏も聴いてみたいです。例えばシューマンのピアノ五重奏曲とか。いえ詰まるところ演目は何でもいいですし、いつになってもいいので、ぜひ次回開催をご検討お願いいたします。楽しみにしています!
1曲目の出演者の皆様が舞台へ。すぐに演奏開始です。ちなみに今回の演奏家の皆様の装いは、ピアノの市野さんが黒いドレスで、弦の皆様はスーツにネクタイ姿でした。1曲目はラヴェル「ピアノ三重奏曲 イ短調」。第1楽章、透明感あるピアノから始まり2つの弦が重なる切ない冒頭から早速引き込まれました。独特のリズム感に、私はなぜかスペインの海の風景を連想。少しゆったりするところでのチェロ独奏とヴァイオリン独奏は、登場する度に少しずつ音が深みを増し、ピアノの低音も相まってまるで海に少しずつ沈んでいくかのような印象を受けました。ピアノのターンでも弦は細かく弓を動かして奥行きを作り、また時折登場した情熱的な弦の高速演奏も良かったです。だんだん音が小さくなり、ごく小さなピッチカートで終わった楽章締めくくりも印象に残っています。続く第2楽章は超カッコイイ!ピッチカートで合いの手を入れながら、情熱的な舞曲を弦が奏でるのがとっても素敵でした。弓も弦を抑える手の動きも大忙しで、素人目で見ても演奏は難しそう。特徴的なテンポで3名息を揃えての演奏が素晴らしかったです。第3楽章、個人的にはこの楽章がとても印象深かったです。ゆっくりしたテンポでぐっと低音のピアノの下支えに、弦もまた低音で深みのある演奏。この深さに胸打たれました。弦2つによる盛り上がりになったときの凄みには圧倒され、ラストは弦2つで今度は高音域にて深みが感じられる演奏に。派手さがない、じっくり深い演奏でここまで感銘を受けたのは、私は初めてかもしれません。第4楽章は明るく情熱的な盛り上がりに。速いテンポのピアノと重なる生き生きとした弦がとても良くて、感情が上り詰めてからの、力強いピアノと音を震わせる弦がすごい!ラストは最高潮の盛り上がりで締めくくり。私、このメンバーによるピアノトリオの演奏を聴けて幸せです!自分で選ぶ曲は独墺系に偏りがちですが、今回の演奏を聴けてラヴェルのピアノトリオがとても好きになったので、これからはフランス系の室内楽も聴いていきたいと思いました。
2曲目はヴェーベルン「弦楽四重奏曲」。奏者は向かって左から1stヴァイオリン、2ndヴァイオリン、チェロ、ヴィオラの順に着席(弦の配置は後半も同様)。この曲は私には難解で、聴いてはいましたがよくわかりませんでした(ごめんなさい!)。ごくたまに美しいメロディのようなものが聞こえるものの、聴きやすいメロディがほぼなく、ずっと陰鬱な感じ。チェロが低音を長くのばし、その上を3つの弦が、役割分担ではなくそれぞれソロ演奏して重なっているように感じました。派手さやメロディに頼らず、また2ndヴァイオリンやヴィオラも1stヴァイオリンと同列の役割を担い、ずっと足並み揃えて演奏。おそらく演奏は難しく、4名の奏者の皆様はタイミングがずれないよう全集中して演奏されていたような印象を持ちました。
後半はブラームス「ピアノ五重奏曲 ヘ短調」。第1楽章、ピアノトリオによる暗い冒頭から、ピアノが駆け上り、力強い弦のユニゾン!ドラマチックな展開に早速心つかまれました。穏やかなところでも細やかな変化をごく自然な流れで表現していく演奏。さすがのクオリティの高さで、私はずっと夢中になっていました。またピアノに重なるチェロのピッチカートが印象的なところに続く、弦全員による遠慮のないユニゾンの気迫がすごい!ある意味で不安定さが魅力のところなのに、ここまで男性的な力みなぎる感じでの演奏は、私は初めて聴いた気がします。揺るぎない決意が感じられて、私は胸が熱くなりました。クライマックスでは、他の弦とピアノによる全力での激しい下支えのさらに上をいく、慟哭のような1stヴァイオリンが圧巻!私はあっと声を上げそうになりました。土台が堅牢な上でなら、ここまで振り切っても女々しくならず、男泣きの印象。素晴らしいです!第2楽章は、ピアノのメロディの穏やかな響きと、重なる弦の優しい音色にうっとり。また中盤の、多幸感に少し影がかかる、2ndヴァイオリンとヴィオラが少し低めの甘い音色で切なく歌ったところがとっても素敵でした!ここ好きなんです、ありがとうございます!続く切ないピアノも良かったです。楽章終わりの静かな締めくくりも印象的でした。そして第3楽章の完成度の高さと感情表現がすごすぎました。どの表現にも意味があるとわかる、ものすごい説得力が感じられる演奏。最初から最後まで良かったのですが、一つの例として、ピアノが一人で逡巡しているようなところで、併走する弦が音の波で揺らぐ気持ちを表現するのがすごい!これがあるおかげで、続く弦全員による力強い音の刻みが強い決意での前進のように感じられました。クレッシェンドで低い音から高い音へ熱を帯びて上昇する弦は、心の奥底にうごめく感情を内包しているようで鳥肌モノ!また中盤のピアノとチェロがゆったり歌うところが素敵で、ほっとできた束の間でした。楽章締めくくりの、情熱的なピアノに、重なる弦の高速演奏も素晴らしかったです。第4楽章、神秘的な序奏からピアノとチェロによる仄暗い歌を経て、ドラマチックな展開へ。泣き崩れるようなピアノと1stヴァイオリンに対しての、他の弦による力強い低音の下支えがすごく良かったです。揺らいでいた1stヴァイオリンが遂に意思ある前進を始めてからの展開も素晴らしく、息つく暇もない怒濤の展開のクライマックスにはただ圧倒され、低音のピアノから始まり弦が追いかけ激しく締めくくる全力疾走のラストが最高でした。ああブラームスのピアノ五重奏曲はこんな曲だったんですね。私は今までこの曲の本来の姿を知らずに好きと言っていたなんて、何ということでしょう……。でもこの演奏に出会えた今なら胸を張って言えます。ブラームスのピアノ五重奏曲、私はたまらなく愛しい!繊細しかし力強い、この曲の本質を見極め見事に体現した演奏を本当にありがとうございます!この出会いに心から感謝いたします。
カーテンコールでは、出演者の皆様は何度も舞台に戻ってきてくださいました。私達は大きな拍手を送りながら、全身全霊での熱量高い名演奏の余韻をしばらく味わい、会はお開きとなりました。この日の演奏会を私はずっと忘れないと思います。想像を遙かに超える、熱くてクールな夜をありがとうございました!
この日の3日前(2022/03/14)には、札響メンバー5名によるモーツァルトとブラームスのクラリネット五重奏曲の演奏会が開催されました。こちらも大変素晴らしかったです!最近札幌では偶然にもブラームスの室内楽が取り上げられる演奏会が多く、しかも毎回クオリティ高い演奏で聴けるのが、私はとてもうれしいです。
最後までおつきあい頂きありがとうございました。