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昨年(2023年)結成された、R弦楽四重奏団の第2回公演が開催されました。今回の演目は、モーツァルト、ショスタコービッチ、ブラームスそれぞれの弦楽四重奏曲「第3番」。平日夜にもかかわらず、第1回公演よりさらに多くのお客さん達が集まり、熱気に満ちた会場から札幌市民の期待の高さがうかがえました。
R弦楽四重奏団 Vol.2
2024年06月17日(月)19:00~ 奥井理ギャラリー
【演奏】
飯村 真理(1stヴァイオリン) ※札幌交響楽団副首席ヴァイオリン奏者
坪田 規子(2ndヴァイオリン) ※元 新日本フィルハーモニー交響楽団ヴァイオリン奏者
廣狩 亮(ヴィオラ) ※札幌交響楽団首席ヴィオラ奏者
廣狩 理栄(チェロ) ※札幌交響楽団チェロ奏者
【曲目】
モーツァルト:弦楽四重奏曲 第3番 ト長調 KV156
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第3番 へ長調 Op.73
ブラームス:弦楽四重奏曲 第3番 変ロ長調 Op.67
(アンコール)
モーツァルト:ディベルティメント 第3番 ヘ長調 K.138 より 第3楽章
R弦楽四重奏団による3つの弦楽四重奏曲「第3番」、今回もそれぞれの個性を自然体で楽しむことができました。上質の演奏を、気取らない空間で感じるままに味わえる幸せ!明るいイメージのモーツァルトは、今回は短調の第2楽章がキモだったように思います。父レオポルドの指摘もあって、モーツァルトが慎重に手を入れたと思われる第2楽章。その思いを汲んだ繊細な演奏から、ただ哀しいだけではない豊かさや奥深さを感じることができました。またショスタコーヴィチは、いつの間にか巻き込まれてしまう独特の勢いや空気がすごい!「『交響曲第8番』の同楽章を映し出している」(プログラムノートより)という第3楽章の凄まじさは、やはりオケにて交響曲に取り組んでこられたメンバーだからこその説得力と感じました。そしてブラームスは、誠実で歌心ある演奏を通じて、円熟期のブラームスに会うことができてうれしかったです。ようやくたどり着いた作曲家自身の心の平穏が尊い!折しも私はこの日の前日に、ブラームスが21歳で書いたピアノ独奏曲を聴いたばかり。その厳しさを知ってからだと、今回の弦楽四重奏曲第3番の明るさ朗らかさが一層輝かしく感じられました。ベートーヴェンという巨人を意識しすぎて、交響曲も弦楽四重奏曲もなかなか第1番を出せなかったブラームス。弦楽四重奏曲も第3番になると、やっとその呪縛から自由になれたのかも?と思うと胸が熱くなりました。結局ブラームスは弦楽四重奏曲を3つしか残していないのは寂しいですが、ブラームス自身がこれで自分の気持ちに折り合いが付けられたのなら、よかったのだと私は思います。いえ、でももっともっと聴いてみたかったというのも正直な気持ち……面倒なファンでごめんなさい!
しかし弦楽四重奏は沼ですね……!まっさらな状態で感じるままに聴いても楽しめるけど、少し経験や知識が増えるとさらに面白くなりそう!つい最近まで、私には難しそうと思って、二の足を踏んでいた「弦楽四重奏」のジャンル。それがここに来てハマりつつあるのに自分でも驚いています。R弦楽四重奏団をはじめ、地元札幌で、すぐに足を運べるご近所の会場にて充実の演奏を聴かせてくださる音楽家の皆様のおかげです。いつもありがとうございます!
女性奏者の皆様のドレスはいずれも黒、ヴィオラの廣狩亮さんは黒シャツの上に柄入りのクリーム色のベストを着用されていました。1曲目は、モーツァルト「弦楽四重奏曲 第3番 ト長調 KV156」。第1楽章 (ン)タッタ♪の軽快なリズムに、1stヴァイオリンの幸せな歌が素敵!鳥のさえずりのようなトリルの良さ!流麗な音楽は、各パートでメロディを掛け合ったり、2ndヴァイオリンが低めの音でベースを作ったりと、短いながらも見所聴き所が満載でした。第2楽章 軽快さからガラリと変わり、ゆったり哀しい音楽に。しかし短調であっても、2つのヴァイオリンが時折明るい表情を見せたりスキップするようになったりと、繊細な変化から希望が垣間見えるとも感じました。1stヴァイオリンの短いフレーズをヴィオラが繰り返した、その温かさと懐の深さが印象深かったです。第3楽章 一転して明るく前向きな音楽に。短調の後に聴いたためか、その力強い明るさは「生きる力」そのもののようにも感じました。ヴィオラから始まった、明るいメロディの各パートでのリレーが輝かしい!その一方、こちらもヴィオラから始まった、バロック風(と私は思いました)の厳格さも登場し、表情豊か!作曲家が16歳(!)で書いた作品は、心地良いだけではない様々な要素が織り込まれていそうです。しかし滑らかで生き生きとした演奏のおかげで、聴き手としてはリラックスして楽しめました。
2曲目は、ショスタコーヴィチ「弦楽四重奏曲 第3番 へ長調 Op.73」。第1楽章 はじめ1stヴァイオリンが明るく歌うのが素敵!と思ったのも束の間、なんだか雲行きが怪しく。跳ねる音は楽しげなのに、一筋縄ではいかないテンポと抑揚と強弱の変化……お花畑なハッピーさではないと私はすぐ気づきました。他の弦がタッタッ♪と呼応したりポン♪とピッチカートを入れたりするのが妙にハマっていて、あれよあれよという間にこの独特の世界に引き込まれてしまう感。楽しいホームパーティーに来たつもりが、実はワルプルギスの夜だったとか!しかしいつの間にか巻き込まれてしまった以上、もう逃げられない!ものすごいスピードで各パートがメロディをリレーしたり、超高音で激しく弦を擦ったりする演奏は、魔女達のどんちゃん騒ぎのよう。そしていきなり(と私は感じました)、ポン♪ポン♪と可愛らしいピッチカートで締めくくったのが印象的でした。第2楽章 ヴィオラが低音で作る骨太なベースにまずゾクッとさせられ、その上を乱舞する1stヴァイオリンがすごい!狂気をはらんだ妖艶さで、フレーズ最後にギュン♪と力いっぱい弦を擦る演奏がキレッキレ!しかし個人的には強く訴えかけてくるところ以上に、弦を小刻みに擦って発するザザ、ザザ(擬音が上手くなくてごめんなさい!)という研ぎ澄まされた小さな音や、強奏の後の沈黙が、何やら得体の知れなさを感じてぞわっとしました。弓を少しずつ離しながら、ゆっくりじっくり消え入るラストの引力がまたすごい!第3楽章 こちらが凄まじかったです!勢いとパワーに圧倒され、息つく暇も無いほど!ガッガッガッと強奏のリズムの上を1stヴァイオリンが超高音で歌うのがド迫力!ヴィオラがぐっと低い音で歌うのに引き込まれ、重なるピッチカートの底力たるや!強奏でビシッと締めくくるまで、ゾクゾクさせられっぱなしでした。現実世界の時間感覚も空間認知も一切関係なくなる異世界へのトリップは、まさにライブの醍醐味!第4楽章 1stヴァイオリン以外の3つの弦による重低音のユニゾンがすごい!この厳しさに、聴いている方は押しつぶされそう。そして対照的な1stヴァイオリンの美しさ!しかし単に美しいだけではなく、悲しみや様々な感情を内に秘めているよう。はじめのユニゾンによる厳しいメロディが、1つの弦(チェロやヴィオラのみならず1stヴァイオリンも!)で演奏されると、とても崇高に感じられました。ヴィオラによるフェードアウトするラストは、まるで命の灯火が静かに消え入ったかのよう!そのまま続けて第5楽章へ。 ゆらぐ音で奏でられるメロディは各パートに引き継がれて、個人的には魂が浮遊しているようにも感じました。ピッチカートの合いの手が第1楽章のそれとは異なるリズムだったのも、どこか知らない場所に来てしまった感覚に。いきなり明るいダンスが始まったり、さらには狂喜乱舞になったりと、変化が激しく、しかも一筋縄ではいかない感じ。聴いている方は翻弄されるばかりでした。1stヴァイオリンがフェードアウトするラストの、超高音に吸い込まれそう。すごいものを聴かせて頂きました……「癒やし」にはならない、作品が持つ得体の知れなさと演奏の凄まじさ!しかも気がついた時にはこの不思議な世界にドハマリして抜け出せなくなっているなんて!ただ、今の私なりの楽しみ方はできたのですが、表層的な聴き方はもったいなかったなとも思います。ショスタコーヴィチの人物そのものと彼が生きた時代についてある程度知った上で、彼の交響曲や他の室内楽を聞き込んでからなら、一つ一つの作品をもっと深く味わえるに違いありません。いけない、いつの間にか私は沼に片足を踏み込んでしまっているのかも……!
後半は、ブラームス「弦楽四重奏曲 第3番 変ロ長調 Op.67」。第1楽章 2ndヴァイオリンとヴィオラによる出だしは、そっと慎重な印象。しかしすぐに4人による力強い演奏でぱっと華やかに。2ndヴァイオリンとヴィオラのみによるささやきと全員による力強さが交互に来て、聴いている方の気持ちも自然と上向きになりました。鳥のさえずりを思わせる美しい音の連なりは、とても華やかで幸せいっぱいな感じ!穏やかなところでも、細やかに音を連ねる流れの滑らかさや、タッタタ タッタタ♪の控えめなステップのリズムが素敵でした。終盤、時折入る休符の間合いが楽しい!ブラームスの遊び心が感じられ、心和みました。第2楽章 序奏は穏やかで心温まりました。ゆったり歌う1stヴァイオリンが素敵すぎ!歌曲をソプラノが歌っているようで、その美しさに心が満たされました。全員による重音は厳しくも美しい!個人的には、若い頃の余裕のなさとは違う円熟したブラームスの良さを感じました。ヴィオラとチェロが落ち着いた音色でゆったり歌うのはとても温かく、この愛にジーンと来ました。第3楽章 ヴィオラ大活躍!時折1stヴァイオリンが引き継ぎながらも、メロディをメインで奏でたのはヴィオラでした。はじめのヴィオラによるもの悲しい歌がぐっと来る良さ!強弱を細かく変化させながら歌うのが心の揺らぎのようにも感じました。喜ばしい歌は、高音の美しさと低音の深みのある味わいが素敵!また他の弦によるピッチカートの合いの手が明るく温かく、心地よかったです。明るさが陰りを見せて、全員のユニゾンで力強い低音を響かせるのが重厚でカッコイイ!この余裕ある大人の渋さ!悲痛な叫びのような全員による重音の後の、ヴィオラ独奏の良さ!孤高のカッコ良さは、声高に主張しなくても存在感抜群でした。全員で音をのばして静かに締めくくるラストは、穏やかで温かく、教会音楽のようにも感じました。第4楽章 変奏が続くこの楽章は、個人的には回想しているようにも思え、ここまでの演奏を思い起こしながら聴きました。はじめの主題は穏やかで温かく、タンタンタン♪のリズムが愛らしい!他の弦のピッチカートに乗ってヴィオラが歌うのには第3楽章を、1stヴァイオリンが甘く美しく歌うのには第2楽章を、といった感じで振り返ると、ブラームスは時を経て過去の困難も愛せるようになったのねと、私は胸がいっぱいになりました。1stヴァイオリンとチェロが一緒に歌うところからの流れは、勢いと秘めた情熱がカッコイイ!第1楽章のメロディが盛り込まれたところは、生き生きとしたリズムがすごく素敵で、各弦が鳥のさえずりを思わせる美しい音の連なりを次々と繰り出すのが華やか!自信に満ちあふれた強奏による締めくくりが輝かしい!朗らかで喜ばしい、ブラームス最後の弦楽四重奏曲を、R弦楽四重奏団による幸せな演奏で聴けて幸せです!昨年の公演での第1番の厳格さから、今回の第3番の喜ばしさへ。R弦楽四重奏団のおかげでブラームスの奇跡を辿ることができました。ありがとうございます!
カーテンコールの後、チェロの廣狩理栄さんからごあいさつ。「本日はお足元の悪い中……と言おうと思っていましたが、良く晴れて、うちの『晴れ女』が頑張ってくれました」とのお話しに、会場が和みました。その時の雰囲気から察するに、『晴れ女』は飯村さんでしょうか?2日前にもリサイタルがあったにもかかわらず、この日も天晴れな演奏を、そして雨雲一掃してくださりありがとうございます!「3、3、と来たので」アンコールは、モーツァルト「ディベルティメント 第3番 ヘ長調 K.138 より 第3楽章」。明るく生き生きした音楽!1stヴァイオリンの鳥のさえずりのような歌も、全員で呼吸を合わせタッタッタッタ♪とごく小さな音での掛け合いも、とっても素敵!会場が幸せいっぱいな雰囲気になって、会はお開きとなりました。今回も素敵な時間をありがとうございます!次回以降の公演も楽しみにしています!
この日の前日に聴いた演奏会です。「ふきのとうホール レジデント・アーティスト 小菅 優コンサートシリーズ Vol.5 エルサレム弦楽四重奏団&小菅 優 室内楽の夕べ」(2024/06/16)。内なる思いを丁寧に体現した真摯な演奏を通じて、若き日のブラームスに出会えたピアノソロ。生きたアンサンブルのおかげでお初でも思いっきり楽しめたベン=ハイム。ドヴォルザークP五重奏はこれぞまさに室内楽!ふきのとうホールでの小菅優さんとの再会は、今回も素敵なサプライズの連続でした!
R弦楽四重奏団、私は昨年度に開催された第1回公演も聴いています。「R弦楽四重奏団 Vol.1」(2023/11/18)。ハイドン、ショスタコーヴィチ、ブラームス。演奏家との距離が近いギャラリーにて、信頼のメンバーによる充実の演奏を肌で感じられる贅沢!お堅いイメージだった弦楽四重奏を身近に感じ、自然体で楽しめた幸せな時間でした。
札響メンバーによるカルテットはこちらも。「リッカ弦楽四重奏団 結成記念コンサート」(2023/12/13)。札幌にスケール桁違いのカルテットが爆誕!熱量高く核心を突く演奏による、ハイドン、ショスタコーヴィチ、ブラームス。ハートに火がついた音楽家たちの本気を目の当たりにした、最高にアツイ夜でした!
最後までおつきあい頂きありがとうございました。