自由にしかし楽しく!クラシック音楽

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『ブラームスの協奏曲とドイツ・ロマン派の音楽』西原稔(著) 読みました

今回ご紹介するのはブラームスの協奏曲とドイツ・ロマン派の音楽』西原稔(著) です。2020年10月 芸術現代社。同じく西原先生の著書『《ドイツ・レクイエム》への道: ブラームスと神の声・人の声』と合わせて購入しました(なおドイツレクイエムの本は現時点で未読です)。

 

早速レビューに入ります。以下、ネタバレが含まれます。ご了承頂けるかたのみ「続きを読む」からお進みください。

(以下ネタバレあり)

自称「ブラームスおたく」の私にとって大変興味深い内容で、一気に読みました。先人達や同時代の作曲家たちをよく研究した上で、自らの作品を生み出したブラームス。その過程について、たくさんの譜例や自筆譜の記述、そして可能な限りの本人や周囲が残した証言を一つ一つ積み上げて実証されています。膨大な資料にあたり考察しているのは説得力がありますし、また例えば2つの旋律が偶然似ていたとしても、他の判断材料が乏しければオマージュしたと断定していない点(「可能性」にとどめている)も大変信頼できます。当たり前ですがブラームスは一人でぽっと出てきた訳ではなく、先人達や同時代の人達から多大な影響を受け、さらに後世への影響も計り知れない存在。ブラームスの理解のためには、その作品が生み出される土壌となった先人達や同時代の人達の仕事を知ることが欠かせないのだと実感しました。バラバラに存在する事象を体系的に組み立て、「ブラームスの響き」の源を探る研究は、専門家のみならず一般の愛好家にとっても大変ありがたく、価値あるものと私は思います。著者の西原先生に心から尊敬と敬意を表します。今回は4つの協奏曲がテーマでしたが、ブラームスの他の作品(4つの交響曲室内楽の数々など)が生まれた過程についても私は知りたくなりました。知れば知るほどもっと知りたくなる、クラシック音楽というジャンルの奥深さ!もちろん私は音楽に関しては素人ですから、理解不足の部分は多々あることは自覚しています。しかし深い理解につながる手がかりを掴めたのは大収穫でした。こちらの本は今後も折に触れて読み返したいと思います。

ブラームスの協奏曲につながる先人達の仕事については、「ピアノ協奏曲」「ヴァイオリン協奏曲」「チェロ協奏曲」の3つのカテゴリで紹介されていました。「ピアノ協奏曲」と「ヴァイオリン協奏曲」はベートーヴェンから、「チェロ協奏曲」はシューマンから始まっています。現在では忘れられている作曲家(しかも大勢)を含め、当時の協奏曲の数々がどのような性格のものかを解説付きで多数あげられていました。それぞれ個別の解説にとどまらず、例えばヴァイオリン協奏曲ではベートーヴェンからエルンストやヨアヒム、メンデルスゾーンからヨアヒム、ブルッフからブラームスといった、影響を与えた(と考えられる)関係についても言及。また「作曲家ヨーゼフ・ヨアヒム」は1章まるまる使って解説されていたのが目を引きました。ブラームスの朋友であるヴァイオリニストのヨアヒムは、数は少ないながらも作曲も手がけているそう。ブラームスと考え方が近く、何より密な付き合いがあったヨアヒム。その作品を分析することは、ブラームス理解に大いに役立つというのは理解できます。実例を見ると、深い友情を超えたところで2人が密接に繋がっていたと感じました。19世紀の数多の協奏曲とヨアヒムの作品群、それらの相互の関係性について、私は譜例とにらめっこしながら読み進めましたが……いかんせん当の作曲家とその作品をよく知らない(!)ところでつまづいてしまい、大まかな流れを把握するにとどまりました。こちらは今後要復習です。

ブラームスが影響を受けたとされる作曲家たちとの関連については、協奏曲に限定することなく論じられています。ブラームスが、ベートーヴェンシューベルトシューマンから多大な影響を受けたことは私もぼんやりと認識していましたが、今回それらを体系的に知ることができてよかったです。シューベルトシューマン等の作品を整理して校正を手がけ、音楽学者としての一面もあるブラームス。先人達の仕事の自作品への採り入れ方は一筋縄ではいかないようですが、それを丹念に紐解いていく解説は大変読み応えがありました。個人的にはメンデルスゾーンからの影響があるとの記述にビックリ!私、今までまったく意識してなかったです……。本書の解説によると、特にブラームスの若い頃の作品である歌曲の数々やピアノソナタ第3番、ピアノ四重奏曲第3番(出版は遅れるも構想は20代の作品)にメンデルスゾーンの作品と似た形式(あからさまな形ではないにせよ)が見られるとのこと。知人に指摘されブラームスがそれを認めたという証拠まであるそうです。今後はメンデルスゾーンを少し意識して聴いてみたいと思います。また「可能性」として、ショパンやリストも取り上げられていました。以前からブラームスピアノソナタ第2番を「リストっぽい」と思っていた私は、そこに言及した記述が出てきて大喜び!これは少年時代に地元ハンブルグで師事したマルクスゼン先生の影響もあるとのこと。ちなみにブラームス10代での演奏会の演目には、リストとライバル関係にあったタールベルクの作品が多数取り上げられていたのも興味深かったです。そこはリストじゃないんですね(笑)。

そして本題、ブラームスの4つの協奏曲について。出版順に書かれており、また交響曲第2番と第3番の間に連続して作曲された「ヴァイオリン協奏曲」と「ピアノ協奏曲第2番」は「交響曲的な協奏曲」として対になっているという扱いでした。まずは20代の作品「ピアノ協奏曲第1番」。この曲を著者は「どの時代様式にも適合しないまったく新しい19世紀後半のピアノ協奏曲」としています。作曲時期が近いドイツ・レクイエムとの関連も論じられていて、この辺りは姉妹本『《ドイツ・レクイエム》への道: ブラームスと神の声・人の声』を読むと一層理解が深まりそうです。この曲は大難産だったようで、はじめ2台ピアノで構想し、交響曲にしようとするも、最終的にはピアノ協奏曲とした作品。当時一緒に対位法の勉強をしていたヨアヒムに何度も相談しながら、若き日のブラームスが持てる力をすべて使って生み出されたようです。そんな渾身の作品なのに、ライプツィヒ初演でやじられてしまうなんて……若き日のブラームスの気持ちを思うととてもつらくなります。「ヴァイオリン協奏曲」は、初め4楽章構成で構想されるも3楽章に。ここでのアイデアピアノ協奏曲第2番に持っていったりもしたそうです。ヴァイオリンが主役のこの曲についても、ブラームスはヴァイオリニストであるヨアヒムに何度も相談しています。ヨアヒムの添削は、主にピアノ的な表現をヴァイオリンに適したものにすることで、根幹に関わる部分には踏み込んでいないようです。残された往復書簡の写真と、出来上がったものの譜例を並べて詳細に分析・解説されていて、大変読み応えがありました。ヨアヒムの助言について、ブラームスはたいていは受け入れたものの一部は拒否している様子。作曲の過程をつぶさに見ると、ブラームスは失敗したくなかったんだろうなと私は感じました。因縁の地ライプツィヒでの初演は成功し、今ではベートーヴェンメンデルスゾーンと並び称されるブラームスのヴァイオリン協奏曲。しかし、発表当時は同業者や専門家にはあまり好意的に受け止められていないようで、あのブラームス大好きな批評家ハンスリックでさえネガティブな評価をしているそう。個人的にこれには驚きました。著者によると「翻って言えば、ブラームスにとっては古典的な伝統に忠実であることにこの協奏曲の大きな意義があったともいえる」とのこと。そうなんですね……。一方、「ピアノ協奏曲第2番」は思いっきり伸び伸び作曲できたようで、特にヨアヒムに相談することなく、今までの自分が積み上げてきた古学研究の成果や自作品からの引用などを行っています。私はブラームスの作品はよく聴いてきたつもりでしたが、それらが隠しコマンドのように協奏曲の中に組み込まれていることはわかっていませんでした。本書を参考に聴き直したいと思います。ヴィルトゥオーゾ協奏曲に属しながら「ピアノを持つ交響曲」(ハンスリック)。これもまた新しい様式と言えるのでは?そして最後の管弦楽作品である「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」については、ブラームスにとって重要な「チェロ」を中心に論じられていました。作曲時期は、交響曲第4番が完成した後、チェロが活躍する室内楽を次々と発表していた頃で、ヨアヒム弦楽四重奏団チェリストであるハウスマンの存在も大きいとのこと。二重協奏曲は当時仲違いしていたヨアヒムとの「和解の協奏曲」(クララ)でもありますが、ヴァイオリンパートにはヨアヒムのレパートリーだった他の作曲家のヴァイオリン協奏曲からの引用があるそう。ブラームスは草稿をヨアヒム見せ、助言を求めるも、ヨアヒムからは直すところはほとんど無いとお墨付きを貰ったのだとか。ヴァイオリン協奏曲での苦労があってのことですね!著者によると、二重協奏曲は「室内楽的」。同じ時期の室内楽作品との関係についての分析もありました。二重協奏曲は、作曲家自身によるオケをピアノに置き換えたピアノトリオ版もあるのだとか!ブラームスのこの時期は室内楽が大豊作なので、室内楽との関連は大変興味深かったです。超大掴みですが、私はこのように把握しました。各協奏曲の生まれた過程とその性質について、もちろんこれだけですべて理解できたとは思えません。しかし自分なりにざっくりと把握出来たことで、今後の聴き方が変わるとは思っています。ひいては新たな発見にも繋がり、ブラームスの4つの協奏曲をもっともっと好きになれるはず!とても楽しみです。

結語では、「過去の洋式を深く学び、それを自身の創作に見事に統合していったところにブラームスの創作の歴史的な意義がある」と著者は述べています。ここまで読み進めてきた私もそれには納得です。しかし歴史上では、リストに代表される「新ドイツ派」にヨアヒム達とともに批判声明を出したことから、ブラームスは保守的というイメージが固定化されてきたのだそう。余談ですが、本書に掲載されていた「新ドイツ派への批判声明」に対しての、「新ドイツ派からの反論」が面白かったです。あえてやっているのでしょうが、批判声明の文体をパロディにした痛烈な意趣返し(笑)。そしてブラームスの協奏曲を中心とした統括的なまとめだけでなく、後世の作曲家へ与えた影響についてもさらっと書かれていました。

また3つのコラムも内容充実して面白かったです。今では偽作と判明している「ピアノ三重奏曲 イ長調 Anh4/5」が発見されブラームス未発表作品かと騒がれた背景は興味深く、愛用のピアノ遍歴では当時のピアノ事情をリアルに知ることができました。ブラームスが作曲したピアノ協奏曲のカデンツァの数々とピアニストとして出演した演奏会の演目からは、彼がどのようなピアノ協奏曲を好んで演奏したかがわかります。その時その時のピアノと演奏していた演目が、ブラームス自身の創作にどんな影響を与えたかを想像するのも面白いです。

最後に、編集に少しだけ苦言。ちなみに今回私が手にしたのは2020/10/19発行の初版です。こちらを拝読して、素人目でも明らかな誤字脱字が散見されたのと、ファクトチェックが甘い部分が見受けられました。もちろん小さなアラがあっても、著書自体が大変価値のある素晴らしいものであることは揺るぎません。しかし内容充実しているがゆえに、些末なところで「あれ?」となってしまうのはもったいないです!編集の方での校正はしっかりやって頂きたくお願いいたします。


2020年に書いた記事になりますが、「ブラームス回想録集』全3巻 天崎浩二(編・訳) 関根裕子(共訳)」のレビューも弊ブログにあります。作曲家を直接知る人達による回想録は、「人間ブラームス」の魅力満載!そして当時の音楽文化全般についても耳よりな情報が盛りだくさん。また複数の人の回想から、朋友ヨアヒムがブラームスにとって大変重要で大切な人物だったことがよくわかります。

nyaon-c-faf.hatenadiary.com

 

最後までおつきあい頂きありがとうございました。