自由にしかし楽しく!クラシック音楽

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チョン・キョンファ ヴァイオリンリサイタル2019 北広島公演 (2019/10) レポート

ヴァイオリン界のレジェンド、チョン・キョンファのヴァイオリンリサイタル2019(北広島公演)を聴きに北広島までプチ遠征してきました。今回はこちらのコンサートの感想を書きます。いつものように素人コメントであることをご了承下さい。もちろんひどい間違いはこっそりと教えてくださいませ。


チョン・キョンファ ヴァイオリンリサイタル2019 北広島公演
2019年10月6日(日) 14:00~ 北広島市芸術文化ホール(花ホール)

【出演】

【プログラム】

(アンコール)


ツイッターでの速報は以下。


私がチョン・キョンファさんのお名前をはっきりと認識したのはBSP「クラシック倶楽部」を観てからです。2018年のヴァイオリンリサイタルの様子とインタビューが2回にわたって放送されたのを観て感激し、以来一度は実演を拝聴したいとずっと願っていました。彼女が来日して、しかもブラームスのヴァイオリンソナタ全曲演奏をするとなれば、行くに決まっています!場所も札幌のお隣の市で日帰りが可能ですし、私は早い段階でチケットを手に入れ、当日を楽しみに待っていました。

その「クラシック倶楽部」のインタビューの中で、私が特に印象に残ったのは次の発言です。

昔は一音でも間違えると落ち込んだものです。できない自分をどうしても許せなかった。
もはや技術的に完璧な演奏はできません。肉体的な限界を感じます。
しかし今の私が求めるのは心に残る音が響く、特別な瞬間を聴衆と分かち合うことです。
若い時は「無の境地」なんて馬鹿にして、常に何かを得ようとして突き進んでいました。
今は「無」こそが自由だと思うのです。

10代の頃からずっと世界のトップに立って演奏してこられたチョン・キョンファさんの言葉の重み…放送を観た当時の私は大変感銘を受けた反面、正直「『無』こそが自由」がピンときませんでした。もちろんキョンファさんと私とでは、生きてきた世界も重ねた年輪も異なりますから、今の私がわからないのはある意味当然かもしれません。しかし実演を聴くことで少しはその本質に近づけるかもしれないと、そんな期待を抱いて私は演奏会にのぞみました。

また、今回ピアノ伴奏はケヴィン・ケナーさん。当初は別のピアニストが予定されておりチラシも当日の案内看板もそのままになっていました。しかし配布されたプログラムにはケヴィン・ケナーさんのお名前が!どんな経緯があったのか存じませんので、あまり騒ぐのは不謹慎かもしれませんが、個人的にはケヴィン・ケナーさんがピアノ伴奏でうれしかったです。というのも、私が観た「クラシック倶楽部」でも伴奏はケヴィン・ケナーさんで、キョンファさんが彼のことを「もっとも信頼するパートナー」とおっしゃっていたからです。演奏が始まる前から私の期待値はゲージMAXまであがりました。なお会場のピアノはスタインウェイでした。

開演時間となり、拍手で迎えられたお2人。ケヴィン・ケナーさんはとても背が高く、またチョン・キョンファさんをエスコートする振る舞いも自然体な紳士で、テレビで拝見したお姿よりずっと男前でした。そして主役のチョン・キョンファさんは落ち着いた紫色のドレスをお召しになっていました。右袖は肩までで短く、左袖が振り袖のように長いアンシンメトリーなデザインでとっても素敵。演奏でも長い袖が揺れて美しかったです。演奏の途中で袖をまくったのですが、そうするとスカートのスリットがあらわになり、時々ちらっと見える白い脚線美にドキッとさせられました。御年70歳を超え、私の母とちょうど同じ世代の女性がこんなにお美しいとは、失礼ながら大変驚きました。子供の頃から周囲に期待され続け、ずっと人前に立ち続けてこられたかたはやはり一般人とは違いますね。素敵です!

演目に入ります。1曲目は3曲の中で私が一番好きな第1番。冒頭はピアノの2音、続けてヴァイオリンが入ります…が、ここでほんの少し演奏しただけでキョンファさんは演奏をやめてしまい私は驚きました。おそらくキョンファさんが違和感を覚えたのでしょう。そのまま演奏を続けなかったところはさすがです。ケヴィン・ケナーさんと小声で打ち合わせをしてから、仕切り直しです。演奏が始まると、奇をてらった演奏ではないにもかかわらず初めて聴く曲のように思えました。うまく言えないのですが、精神力に圧倒されたのかもしれません。ピチカートで弦をはじくところではコワイとまで思ってしまいました。キョンファさんのCDで予習してきたにもかかわらず、実演となるとまるで違います。最初に驚いてしまって、その後も凄みに圧倒されてしまい、熱心に聴いていたにもかかわらずうまく消化出来なかったのが心残りです。しかし第1番に勝手に癒やしを求めていたのは私。つまらない先入観や甘っちょろい固定観念は捨てた方がいいとわかる、そんな衝撃的な体験でした。

2曲目は第2番。個人的にこの日の演奏の中ではこの第2番が最も良いなと感じました。第2番はブラームスに結婚まで考えていた女性(クララ・シューマンではないです)がいた頃の作品で、穏やかな美メロを楽しめる曲です。もちろん美しい旋律にうっとりとしましたが、この日の演奏にはそれだけではない良さがありました。第1楽章は穏やかなだけではない力強さを感じて新鮮。そして第2楽章のピアノとヴァイオリンとの掛け合いが良かったです。細かくテンポも音色も変化するにもかかわらず、チョン・キョンファさんとケヴィン・ケナーさんの息はぴったり。第3楽章は美しいだけでなく艶めかしさも感じました。ブラームスが愛した年下の彼女は、カワイイけれどそれだけじゃない一筋縄ではいかない女性だったのかも、と妄想がはかどります。なおツイッター情報によると、この北広島の後に開催された東京文化会館(予定ではブラームスは第1番と第3番)の公演では、当日に会場で第1番のかわりに第2番を演奏すると発表されたそうです。もしかすると北広島での演奏の手応えでそんな判断になったのかもしれませんね。そして私は東京文化会館の演目にあったバッハの無伴奏も聴いてみたいと思いました。

休憩後は、3曲の中でもっとも完成度の高い第3番。「クラシック倶楽部」で放送された2018年の演奏会でもトリだった曲です。テレビで観たチョン・キョンファさんとケヴィン・ケナーさんの実演が聴ける!と私は前のめりに。第1楽章の悲痛な叫びには、なんというか「死」が垣間見えたような気がしました。もちろんキョンファさんは現役でご活躍の演奏家ですし、演奏姿を拝見する限りはお若い人にも負けないパワフルなかたです。それでも健康上の不安がまるでなく未来は無限大という10代20代の若者とは異なり、否が応でも命は有限であることを意識せざるをえなくなっている年代のかただと思います。そんな彼女だからこそ説得力があるのかもしれません。大本番の第4楽章の前に挿入された、短い第3楽章が私は好きなのですが、あうんの呼吸でケヴィン・ケナーさんと展開する緊迫感のある演奏が素晴らしかったです。私は第2楽章の終わりから終楽章へそのまま行く流れは想像できません。終楽章の前にこの第3楽章はやはり必要。ブラームスは無茶をしないところも好きです。第3楽章からそのまま続けて第4楽章へ。すっごい!ピアノとヴァイオリン双方が譲らないガチンコ勝負、小柄なキョンファさんのどこにそんなパワーがあるのかと思うほどエネルギッシュな演奏で、こちらもイスにかしこまって座っているのが惜しいほど。また「クラシック倶楽部」の話になりますが、2018年当時キョンファさんは第3番を「ハンガリーらしさを全面に出すことにした」とおっしゃっていました。この日の演奏がその時と同じ解釈だったかどうかは私にはわかりません。それでも、ただ楽譜に忠実に音をなぞるだけではこんな演奏にはならないのではないかとは思いました。素晴らしい!ありがとうございます!

ブラームスのヴァイオリンソナタ全曲演奏会の企画は多いようで、まだ演奏会デビューして日が浅い私でも全曲演奏を聴くのは今回で3回目です。しかし同じ曲でも毎回違う印象できこえるので、私は何度でも聴きたいです。休憩時間にどなたかが「ブラームスは地味」とおっしゃっていたのを耳にしたのですが、だからこそ良いんですよと私は声を大にして言いたいです。派手さが無いからこそ感情が浮き彫りになり、奏者が違えば、また同じ奏者でもその時々の演奏によってまるで違ってきこえる、とても贅沢で自由な音楽だと思います。ただのっぺりと演奏しただけでは退屈になるかもしれない音楽を、音が無い休符の部分や細かく変化するテンポ(ブラームスは楽譜に速度指定を書かなかったそうですが)を含む全体の流れを作ってこそ、人の心の奥底に響く音楽になるのでは?それも小手先の演奏技術や派手な演出ではなく、奏者のかたが曲に込められた想いを飲み込み全身全霊で表現してこそ可能なのだと思います。もとよりブラームスの曲に過剰な装飾は似合いません。そんなブラームスのヴァイオリンソナタを、今のチョン・キョンファさんの演奏で聴けて本当によかったです。私が「『無』こそが自由」の本当の意味を理解するのはまだ先かもしれません。それでも今のチョン・キョンファさんが若い人にありがちな「音を外さない」ことを目指しているのではなく、そしてつまらない見栄など一切無く、かといって諦めている訳では決して無く、仏教で言うところの「悟りの境地」に到達したかのような音楽を奏でたのではないかと感じました。いえ今の私がきちんとわかったはずはないのですが、そんな唯一無二の音楽を奏者のかたおよび会場の皆様と共有できたことをとても幸せに思います。

お2人は何度もカーテンコールに戻ってきてくださり、チョン・キョンファさんが「シューベルトソナチネ」とおっしゃってアンコールの演奏が始まりました。シューベルト、素敵です…。私は特に音楽の偏食がひどいので、普段あまり聴かない作曲家の曲は新鮮です。第2楽章が終わってお2人は一度退場したものの、拍手が鳴り止まない会場に戻ってこられて第3楽章も演奏。2回もアンコールにこたえてくださりありがとうございます!本プログラムが終わってからのキョンファさんは少しリラックスした表情で、客席の何名かとアイコンタクトや身振りでコミュニケーションをとって、会場に笑いが起きていました。


お開きの後はホワイエでサイン会です。CD購入者に限らなかったため、プログラムの余白を出していたかたもちらほら。中にはLPレコードを抱えてきたかたもおられて、ちらっと見えたジャケット写真のチョン・キョンファさんがあどけない少女の面影で、私は思わず見とれてしまいました。10代の頃から第一線で活躍し続けてこられたかたですから、昔のレコードがありもちろんその当時からのファンもいるわけで。その歴史の重みを改めて感じました。そして私の番が回ってきて、普段着にお着替えしたチョン・キョンファさんがとても小柄でビックリ。ステージ上ではオーラがものすごかったですし、雲の上の存在のように感じていた人に急に親近感がわきました。私はサイン頂くときもサンキューしか言えませんでしたが…。そしてケヴィン・ケナーさんはやはり長身で男前でした。thank you! とスマイルで返してくださり、うれしかったです。改めて、お2人の演奏が聴けてよかったです。ありがとうございました!


サインを頂いたCDはこちらの2枚。家宝がどんどん増えます(笑)。 

ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ集(全曲)

ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ集(全曲)

 

 チョン・キョンファさんにサイン頂いたのはブラームスのヴァイオリンソナタ全曲のCD。私は既に持っていたCDを家から持参しました。1995年の録音。こちらも素敵ですが、技術を極めたその先が感じられる今回のリサイタルでの演奏はもっと好きです。

 

 ケヴィン・ケナーさんにサイン頂いたのはフォーレとフランクのヴァイオリンソナタが収録されたCD。会場で購入しました。2017年の録音。フォーレとフランクのソナタは、「クラシック倶楽部」でチョン・キョンファさんとケヴィン・ケナーさんの演奏を聴き、私はぜひCDが欲しいと思っていたのです。次にお目にかかる機会には、きっとフォーレとフランクのソナタの演奏をお願いします!


最後に、会場の花ホールについて。kitara小ホールと同じくらいの広さで、とても良いホールでした。今回の日本ツアーの予定を拝見すると、他はすべて大きなホール。ツイッターでさっぽろ劇場ジャーナルさん( @Sap_theater_J )も似た趣旨のことをおっしゃってましたが、今回の演目でのチョン・キョンファさんの演奏を堪能するには、この北広島の花ホールがベストなのではないかと私も思います。また、JRの駅前という立地もよくて、同じ建物内には図書館もあります。こちら蔵書が大変充実しており、ゆったり腰掛けられるソファもたくさんあって、一日いても飽きない図書館だと思います。私は少し早めに到着したのですが、図書館にいたらあっという間に開場時間が来てしまいました。コンサート中は図書館で待っていてくれた家族も気に入った様子で、北広島に住もうかと言い出したほど(笑)。ファイターズの次の本拠地に北広島市が選ばれた理由の一つには、このように芸術文化を大切にしているお土地柄があるのかもしれません。花ホール、機会を見つけてまたうかがいたいです。


最後までおつきあい頂きありがとうございました。


※この記事は「自由にしかし楽しく!クラシック音楽https://nyaon-c-faf.hatenadiary.com/)」のブロガー・にゃおん(nyaon_c)が書いたものです。他サイトに全部または一部を転載されているのを見つけたかたは、お手数ですがお知らせ下さいませ。ツイッターID:@nyaon_c