自由にしかし楽しく!クラシック音楽

クラシック音楽の演奏会や関連本などの感想を書くブログです。「アニメ『クラシカロイド』のことを書くブログ(http://nyaon-c.hatenablog.com/)」の姉妹ブログです。

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「さっぽろ劇場ジャーナル」第3号(2019年4月発行) 感想

心待ちにしていた「さっぽろ劇場ジャーナル」第3号が2019年4月に発行されました。私は4月の札響定期演奏会にて一部頂戴し、自宅でじっくり拝読。今号も読み応えがありました!コンサートレビューは札幌における主要な公演をほぼ全部網羅している上に、特集やコラムまで掲載されていて、どの記事も骨太。しかも無料なんですよ。良質なホールがあり、一流の演奏家による演奏会がいくつも開催され、さらにそれらをより深く味わう手助けとなる「さっぽろ劇場ジャーナル」がある…札幌はクラシック音楽を楽しむ環境には大変恵まれていると思います。

文字がぎっしりの誌面は内容だって濃く、譜例まであげての解説はコアな音楽ファンの皆様がきっと十二分に楽しめる内容だと思います。とはいえ極端なマニアック路線ではなく、札幌とその近郊に住む人であれば手が届く範囲のコンサートのレビューが中心ですので、どなたでも自分事として読むことができます。もちろん人によって理解度の幅はあるとは思いますが、クラシック音楽の演奏会をかしこまって聴ける人であれば「さっぽろ劇場ジャーナル」は読めるのではないでしょうか。私のようなビギナーでも少し背伸びすれば読めます。そもそも私は演奏会だってうんと背伸びして聴いています。なお、字が小さくて読めない不安があるかたはハ○キルーペ等をご用意ください。

まだお読みでないかたは、ぜひ入手してお読みください。以下のリンクに設置場所が書いてあります。一面トップの画像、見出しのオレンジ色が鮮やかですね。写真も華やかでワクワクします。

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遠方のかたはお取り寄せできますので、どなた様もぜひお取り寄せしてお読みください。こんなに内容が充実した読み物、札幌に住む人だけで独占するなんてもったいない!個人的には全宇宙の人におすすめしたいです。以下のリンクにお取り寄せ方法が書かれています。

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譜例集は以下のリンクからどうぞ。楽譜は読めないに等しい私でも、何のひねりもないハ長調をドレミ…と読むレベルの読解力でなんとなく追いかけています。

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今回はこちら「さっぽろ劇場ジャーナル」第3号について、私なりの感想を書きましたので公開します。私が感想をブログで公開することにした理由は2つあって、それは「自分の考えを整理しておきたかったから」、そして「他の人がどのように読んだのか知りたいから」です。まず前者について。当初私は感想をツイッター経由で編集部の皆様にお伝えしようと思っていました。しかし考えを箇条書きしていたら色々出てきて、もうお気軽な感想にはならないと思い、腰を据えてブログの長文記事にまとめることにしたのです。相変わらず重くてスミマセン。快諾してくださった編集部の皆様に感謝です。なお、自由に書いてOKとのことでしたので(ありがとうございます!)、内容について事前の相談は一切していません。そして後者について。私の考えはたかが知れているので、ジャーナル本誌をお読みになった皆様がどのように思われたのかをぜひ知りたいと思いました。ツイッター上でいくつかの感想を拝見していますが、できればもっと内容に踏み込んだものが読みたいと私は思っています。定期演奏会のホワイエに平積みしてあったジャーナル本誌を、多くのかたが手に取っておられたのを私はこの目で見ました。演奏会直後のツイッターがお祭りになるように、「さっぽろ劇場ジャーナル」を読んだ人同士で話が盛り上がるときっと楽しいと思うのです。もちろん、ここまで完璧な記事を出されたらぐうの音も出ないというのはわかります。それでもせっかくの良い機会、ジャーナルに書いてあることを出発点にもっと気楽にお話ししませんか?部分的な感想でもあるいは反対意見でも、あまり気負わずに語ってくださる人が現れることを願っています。まずは隗より始めよ、ということで、私が感想を書いてみました。「にゃおん、ポイントはそこじゃない!」とか、私へのツッコミであれば言いやすいですよね(笑)。


それでは目次に沿って順番に見ていきます。ちなみに「さっぽろ劇場ジャーナル」第3号にレビューが掲載されているコンサートのうち、私が実際に聴いたのは「竹澤恭子ヴァイオリン・リサイタル」と「札響定期演奏会(1月)」です。

1面から3面は田部京子特集。エッセイ、リサイタルレビュー、インタビュー、ディスク紹介と盛りだくさんです。田部京子さんは北海道室蘭ご出身のピアニスト。私は田部さんのブラームスCDを2枚持っていてその演奏が好きなので、今回の特集をとても楽しみにしていました。

まずは巻頭エッセイ。慎重に言葉を選びながらも田部京子さんの音楽を「和解の音楽」と表現し、ピアノが発達した19世紀のロマン主義には「先」があると田部さんの音楽は教えてくれた、とあります。エッセイの内容については、私は頭でなんとなく把握したレベルで、まだ自分の中にストンと入ってくるほど本質を理解できていませんので、ここで詳細を書くのは控えます。皆様はぜひ本誌をご一読ください。

そしてこちらの記述。

今回の特集のきっかけとなったのは昨年11月にキタラの小ホールで開催された彼女のリサイタルであった。いま聴くべき演奏家の筆頭に挙がる田部が、まさにいま聴くべきときを迎えている。そんなコンサートだった。だが、会場には空席が目立ち、札幌の熱心な音楽ファンの多くも、同日に開催された大ホールの別公演へ足を運んでいた。なんということだと思った。

…なんということでしょう。私は別公演に足を運んだ一人です。なんだか申し訳ない気持ちに。でも大ホールの尾高さんと札響も良かったんですよ…。大ホールの公演については弊ブログにレビュー記事がありますので、参考までに以下にリンクを置いておきます。 

nyaon-c-faf.hatenadiary.com

 

言うまでもなく、客層がビギナー中心であっても、尾高さんと札響の演奏は本物です。本当に良い物であれば、何も知らない人の心にも響くはずですし、大ホールの公演は実際そうだったと私は信じています。しかしだからこそ「田部の音楽はそのような初心者を撥ねつけるような冷たい音楽ではない。聴けば必ず魅了される」という記述が刺さるのです。身体は一つしか無いので、2つ以上の公演の日時が丸被りなら分相応のものを選ぶしかないわけですが…こんな贅沢な悩みができる札幌は恵まれています。しかし結局、今の私には田部京子さんのコンサートは分不相応と判断したのは事実です。私は次の機会こそは田部京子さんのコンサートにうかがいたいと思います。その時までに、きちんと受け止められるだけの素養を身につけておきます。「(今回の特集が)田部京子の豊穣な音楽世界の入口になればと思う」はい。よろしくお願いいたします。

田部京子 リサイタルレビュー。読後の個人的な気持ちは率直に「やっぱり行けばよかった」というのと「行かなくてよかったかも」というのが半々です。先に「行かなくてよかったかも」と思った理由について。自分の選択を無理に肯定する意図はないと断言した上で、一言で言うならやはり「今の私には分不相応」。シューマンシューベルトもほとんど聴いてこなかった私が、仮に付け焼き刃の予習で演目をなぞって臨んだところで、「遅い」テンポに戸惑わずにいられたのか、ブラームスが追加した「補遺」(私は恥ずかしながらこの存在すら知りませんでした)をあえてその場所に入れた意図を理解できたのか、まったく自信がありません。それでも「やっぱり行けばよかった」と思うのは、レビューの記述内容を「自分で聴いて確かめたかった」と素直に感じたからです。相手がたとえどんなに有名な演奏家であっても遠慮無く辛辣な批評をお書きになる多田編集長が、田部京子さんの演奏を大絶賛しておられるのが純粋に興味深くて。挙げだしたらきりが無いのですが、例えば以下のような記述。

シューベルト特有の突然の休符は、内田光子で聴くと、無音が怖くてまた無理にまた無理に音を紡ぎ始めるように聴こえる。だが、田部はこの無音を味わいつくすのだ。なんという芸風の違いか。

もちろん内田光子さんには内田光子さんの良さがあるのだと思います。それでも「無音を味わいつくす」というこの表現!その場にいてその空気を肌で感じ取れたらどんなによかっただろうと。もし私がリサイタル会場にいたなら、理由もわからず圧倒されたかもしれません。そしてたとえその瞬間に理由がわからなかったとしても、後日ジャーナルのレビューで復習して「そうだったのね!」とピタッとハマればうれしいはず。

なお、「さっぽろ劇場ジャーナル」ウェブサイトにて内田光子さんのオールシューベルトプログラムのレビューが公開されています。以下のリンクからどうぞ。

www.sapporo-thj.com


田部京子 インタビュー。日付はわからないものの内容から推測するに、リサイタルの前ではなく後日に行われたようです。隣のページにあるリサイタルレビューに呼応するように、「プログラムについて」や「その場所に補作の5曲を挿入した意図」、「ゆったりしたテンポで演奏した心境」、「札幌でのリサイタル6回のうち3回までもメインがシューベルトの21番」等、演奏会の聴き手や記事の読み手が知りたいことがきっちりおさえてあって大変充実していました。田部さんご自身も「すごく細かく聴いていらっしゃるのですね」と感心しておられて、きっとうれしかったのでは?田部さんが語るすべての言葉に重みがあり、今後田部さんの演奏を聴く際には何度も読み返したいと思えるインタビュー記事でした。

大切なことばかり書いてあるにもかかわらず、また一つだけ引用して言及することをお許しください。

ただ、間合いや音のない箇所も音楽なので、そのあたりはとても大切にしています。休符も心から味わうようにしています。

私、聴き手としてこれがわかるようになればもっと音楽を楽しめるようになると思うのです。突然ですが私は古典落語を聞く人で、噺がうまい人は「間合いや息づかいが絶妙」というのが私の持論です。私が贔屓にしている噺家さんの場合、しゃべっているときではなくむしろ沈黙で笑いが起きます。間合いや呼吸や沈黙を含めた噺のテンポに乗っかれると最高に楽しいので、私は音楽でもそんな体感ができたらいいなと。田部京子さんの演奏でしたらきっとそれが可能なので、近い将来リサイタルにうかがえる日が待ち遠しいです。

なお、田部京子さんのオフィシャルサイトには、2018年11月の公演について書かれた北海道新聞の記事イメージがありました。こちらはリサイタルより前に行われたインタビューをもとに構成しているようです。参考までに以下にリンクを置いておきます(※pdfファイルです)。

http://www.kyoko-tabe.com/img/news10.pdf


ディスクで聴く田部京子
。1は三浦洋さん(北海道情報大学)、2は多田編集長による執筆です。ちなみに私自身は、田部京子さんの全35枚のCDをたとえ時間がかかってもいずれは全部聴きたいと考えています。さてどこから手をつけようか、となったときに、こちらのディスク紹介記事が道しるべになるので本当にありがたいです。例えば田部さんにとって大切な曲の一つであるシューベルトピアノソナタ第21番が、2016年NHKドラマ「夏目漱石の妻」の主題曲だったとは私は浅学にして存じませんでした。玄人向けの曲なのかもと身構える必要はなくて、ドラマから入るのもアリかもしれませんね。なお、田部京子さんの演奏について書かれたドラマスタッフブログ記事を見つけましたので、参考までに以下にリンクを置いておきます。

www.nhk.or.jp


そして「和解の音楽」としてどうしても外せないと編集長イチオシなのがベートーヴェンピアノソナタ第32番。こちら譜例をあげて丁寧に解説されていますので、譜例と解説の両方を読み込みながら録音を聴くとよさそうです。「嘘くささが微塵もない救済」が一体どのような演奏で表現されているのか、自分の耳で確かめたいと思います。余談ですが、「大丈夫、怖くないんだよ」なんて言われるとかえって身構えてしまうのはおそらく私だけじゃない気がして。いえ私だけならいいんです、その場合はごめんなさい忘れてください。


4面は北海道二期会「椿姫」全幕レビュー。1ページ全部を使って詳細に書かれてあります。また、公演に先立ち「さっぽろ劇場ジャーナル」ウェブサイトにて記事「【椿姫】見どころ聴きどころ」が公開されました。以下のリンクから読めます。

www.sapporo-thj.com


私、娼婦って「お金をもらって男の人と遊んであげる女性」くらいの認識しかなかったので、上の記事は結構グサッときたんです。なんだかんだで安全な場所にいる私は、なぜ自分が安全な場所にいられるのかを、もっと想像力を働かせて考えなくてはいけないなと思い知らされました。オペラ鑑賞は娯楽ではありますが、そこに人間や社会の本質が描かれているのなら、歌と音楽の力も借りた贅沢な疑似体験ができるのかも。「かも」としか言えないのは、私はオペラ未経験のため想像でしか物が言えないからです。

話を戻して「椿姫」全幕レビューについて。当日観ていた人はもちろんのこと、そうでない人にも見どころ聴きどころがわかる充実した内容だと思います。例えば字幕の解説。たいていの人は字幕はそのまま信じるしかないので、ここは良い訳とか別のここは勇み足とか具体例を示してくださるのはありがたいです。一方、人によっては評価が分かれそうなところについては、できれば実際に観た人達がこちらのレビューをどのようにお読みになったのか知りたいと思いました。当日いなかった立場としては同意も異論もなくそうだったのねと読むしかないので。一例として、記事で好評価しているヴィオレッタが高音Esを下げたところやヴィオレッタの「雄弁で完璧ではない」弱さについて。また、指揮とオケ、ほか照明等について褒めているところもあれば注文をつけているところも。しかしこれほどの公演が一度きりの舞台だったのは惜しい、というのはどなたも同感だと思います。結びの「まずは、観客がこうした価値のある興行に対して応援の意味をこめて対価を支払うような消費購買の風習が広まってほしいと感じた舞台だった」は、確かにその通りです。私自身は「オペラのチケット代1回分で音楽のみの演奏会に4回位は行けそう」と、ついそんな計算をしてしまうレベルなので、まだまだ価値あるものへの貢献ができる程になっておらす申し訳ないです。


5面はふきのとうホール。上段は1月から3月の主催公演レポートです。すぐ下の竹澤恭子さん1公演の半分程度の文字数で、3公演について書かれてあります。「駆け足の紹介になるのが残念だ」…読み手としても残念です。しかしこちらの公演全部を詳細にレポートするとなると誌面をもっと増やす必要がありますし、苦渋の決断だったというのはよくわかります。それでもこの「駆け足の紹介」がすごいですので皆様ぜひご一読ください。文章を短く書くのは非常に難しいんですよね…。私は素人なので比べてはおこがましいのは承知の上で書きますが、私は文章が無駄に長くなるタイプです。あれもこれもと書いていけばどんどん長くなりしかも削れません。短く書くより長く書く方が断然ラクです。素養がなくて気付きが少ない私でさえそうなのですから、隅々まですべてわかる多田編集長であれば今の6倍以上の文字数を使って詳細に書く用意があったはずです。いえもしかすると3公演とも一度はその位の文字数でお書きになったのかも。そうでなければここまで内容の濃い記述にはならないと思います。限られた文字数の中に各公演のエッセンスがぎゅっと詰まったレボート、もう平伏するしかありません。恐れ入りました。

中段に大きく取り上げられたのは「竹澤恭子、ヴァイオリン・リサイタル」。「ふきのとうホールPick up!」と題した新コーナーで、数ある公演の中から竹澤恭子さんを選んでくださったのが個人的にめちゃくちゃうれしいです!Pick up といっても、私の場合はこれしか聴いていないという意味でのPick up なのですが、竹澤恭子さんのリサイタルは本当に聴けてよかったと心の底から思える公演でした。参考までに弊ブログのレビュー記事へのリンクを以下に置いておきます。「超絶気持ちいい」とか「私壊れる」とか、一体何の話?と心配になったかたは安心してください。すごすぎる演奏を聴いてテンションおかしくなった人の話です。 

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多田編集長によるレビューは、私が華麗にスルーしてしまった大事な部分をきっちり取り上げてくださっています。私はその場にいた強みで、どの記述も演奏箇所がわかるのがうれしいです。最初の曲「バール・シェム」はやはり重要だったのですね…。私は曲についてもユダヤ人の歴史や文化についてもほぼ知らないまま丸腰で臨んだことを今でも後悔しています。比較対象としてあげられたバーンスタイン「エレミア」交響曲もCD等で聴いてみようと思いました。2曲目「クロイツェル」は第2楽章が聴きどころだったとは…。私、第1楽章で燃え尽きている場合じゃなかったですね。私は第1楽章に呼吸を忘れる勢いで入り込んだせいで、第2楽章に入ってやっと息ができる!となってしまい、結果として大事なところをきちんと聞けてない有様。第2楽章の変奏曲…私はまだ「変奏」がイマイチわかっていないので、もう少しわかるようになってからクロイツェルを改めて聞き直したいです。トリのフランクは、私の感覚で「第2楽章が意外にシリアス」に聞こえたのはあながち間違ってはいなかったのかな?と。「力強く、聴く者を奮い立たせる、竹澤の強靭な魂に満員の会場から拍手と歓声が贈られた。会場にいたすべての人にとって忘れられない演奏会となったことだろう」完全に同意です。私はこの演奏会を忘れたくなくて、でも自分のレビューを読み返しても変なことしか書いていないのがつらいので、ジャーナル3号のこちらのレビューを折に触れて読み返したいです。完璧なレビューをありがとうございます。

下段は「ふきのとうホール注目公演」として、2019年5月10日開催の「大谷康子&イタマール・ゴラン デュオ・リサイタル」の紹介。ヴァイオリンの大谷康子さんもピアノのイタマール・ゴランさんも世界的な奏者ですし、しかもR.シュトラウスソナタが聴けるなんて、札幌はなんて恵まれているんだろうと改めて思います。私は行けなくて残念ですが、後日レビューを拝読するのを楽しみにしています。なお、掲載記事と同じ内容および大谷康子さんへのスペシャル・インタビューの全文がウェブサイトで読めます。以下のリンクからどうぞ。

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読むと元気がもらえます!それにしても、「いまが青春なの!」とおっしゃる大谷康子さん、超人的な演奏を聴かせてくださった竹澤恭子さん、特集で取り上げられた田部京子さん…自分より年上の女性の演奏家のかたたちが厳しい世界の第一線で大活躍しておられるのは本当に励みになります。私もそろそろお年頃なのでわかるのですが、皆様大人の女性ですから、年齢的に女性特有の体調の変化や気持ちのゆらぎがあってしんどいこともあると思うのです。でもそれがどうした、という感じで、常に高みを目指して私達に素晴らしい演奏を聴かせてくださるんですよね。本当に頭が下がります。私はただの主婦ではありますが、女性の先輩方の生き様に負けないよう、まっとうに生きようと思います。


6面は札響定期演奏会(1月から3月)。1ページの上半分が1月公演で、下半分をさらに2つに分けてそれぞれ2月と3月のレビューが掲載されています。私は1月公演のみ聴きました。参考までに弊ブログのレビュー記事へのリンクを下に置きます。フワフワしたことしか書けなくてお恥ずかしい限りですが、とても幸せな時間を過ごせた演奏会でした。

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1月の記事では、冒頭でニューイヤーコンサートについて簡単に。明るいウインナ・ワルツがバーメルトさんの手にかかると「氷像のような冷たい音」って…聴いてみたかったです。続いて1月定期のレビューに。私、同じ会場で確かに演奏を聴いていたのに、特に前半2曲は何もわかっていなかったようです。演奏機会が少ない珍しい編成の曲に驚いただけ?でも私、楽しかったですよ。後半のブラ2、まだこちらはかろうじてレビューの記述を追っておさらい可能なレベルで把握できました。それでも例えば主題の受け渡しはわかっても、そのために各パートの強弱を綿密に構成しているのには気付けていませんし、後からこうして解説を読んでもピンときませんでした。申し訳ありません。結局私は全体を塊としてなんとなく聴いているんだと思います。管弦楽って奥が深いんですね…。もちろん楽しく聴ければそれでOKという考え方はできます。しかし気付きが多ければより深く楽しめると思うので、こちらの解説レベルまで把握するのは難しくても、私は少し注意して個別のパートのふるまいを見るように心がけます。後でおさらいするところまでがセット。あとは細かな音の分析については、私はまだついていけない部分が多いため書いていることを信じるしかありません。しかしコアな音楽ファンのかたであれば別の見方ができるのかもしれないなとも思っています。できればそういった解釈違いのお話をうかがえたらうれしいので、やはり色々と語ってくださるかた大募集です。

2月の広上淳一さん指揮、3月のウルバンスキさん指揮による公演のレビューも興味深く拝読しました。いずれもクオリティ高い演奏だったことが窺えて、ご近所に札響とKitaraがある幸福を改めてかみしめました。私が定期会員になる日はまだ先になりそうですが、今後できる限り定期演奏会や名曲シリーズに足を運びたいと思います。


7面は上段が新シリーズ「札響の名盤」。尾高さんのエルガーを取り上げています。やはり尾高さんはエルガーなんですね。私は4月の定期演奏会で尾高さんと札響によるエルガー(紹介CDとは別の曲)を聴いて、きちんと受け止められなかったのを悔やんでいます。「尾高、札響、エルガー三者の個性が幸福に結びついた世界に誇るエルガー」なのだそうですので、こちらの解説を拝読しながらCDを聴き、尾高さんと札響によるエルガーの良さを感じ取れるようになりたいと思います。

そしてこちらの記述。

エリシュカが麻でバーメルトがガラス細工なら、尾高は上質な絹の肌触りだ。

…なんてステキ表現!個人的にはオペラレビューにあった「まるでシャンパンの泡のような儚さだ」よりもグッときました。こんなステキな言葉が聞きたい人生でした。手帳にメモしておこうかと。まじめに私もいずれは指揮者の個性の違いがわかるようになりたいです。


7面下段は連載コラム「言葉と文化(3)」。ウェブサイトに同じ内容が公開されています。お手元に本誌がないかたは以下のリンクから読めます。ざっと読み飛ばす内容ではありませんので、プリンターをお持ちのかたは印刷して読むことをおすすめします。寝転がってスマホタブレットを眺めているかたは、せめて姿勢を正して座ってみましょう。画面スクロールはゆっくりめで。

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連載コラムは毎回ガツンと来る内容です。簡単に一つの答えを求めるのではなく考え続けることが大切だと思います。私は今わかったふりをするのはやめて、時々は読み返し考えることにします。何事もそうであるように、「あー難しいこと無理!」と最初から拒絶するのは論外としても、盲信するのもまた思考停止なので、自分の頭で考える癖を身につけたいです。今はネットで膨大な情報が簡単に手に入ります。ソースはバラバラで玉石混交の情報の断片をつなぎ合わせただけなのに、それを「自分の考え」と無意識に思い込む人だって珍しくない時代。そんなコピペ人間に自分がならないようにするためには、やはり意識的に考えていく必要があるのかなとぼんやりと思います。


8面はコンサートレビュー。上段は「反田恭平ピアノ・リサイタル全国ツアー2018-2019Winter」。今回は全国の反田恭平さんファンのかたが大勢、ジャーナル本誌をお取り寄せしたとのことです。kitara大ホールを満席にしてしまう反田恭平さん、きっと演奏も人物そのものにも人を惹きつけてやまない魅力があるのだろうと拝察します。しかしレビュー記事では、テレビの人気者のイメージについては触れず「ピアノという楽器の制約を超えてゆこうとする」「超の字がつく努力家」等、あくまで反田さんの演奏家としての姿勢を評価。そしてオール・ショパンのリサイタルについて、譜例をあげて実際にどのように演奏したかをレビューしています。メイン読者層を想定してのことなのか、その書き方が「草書体」だったり「背筋がスッと伸びるような威厳」といった、すぐ下の別記事と比べると気持ちに訴える表現がやや多い印象を受けました。これは善し悪しではないですし、単なる私の思い違いかもしれませんので違っていたら申し訳ありません。そして特筆すべきはディスク紹介です。ショパン弾きのイメージが強い反田さんですが、ベートーヴェンの三大ピアノソナタの録音があるのですね。字数の許す限りCDの演奏の解説があって、素直に聴いてみたいなと思えました。興味を広げるきっかけがあれば、すぐ下の別記事のフュロップ・ラーンキさんや特集記事の田部京子さんにも目が向いて、世界が広がると音楽鑑賞はもっと楽しくなりますよね。これはすべての音楽ファンに言えること。かく言う私は、好きな作曲家や好きな演奏家に一途になりすぎる人です。もちろん人によるとは思いますが、私の場合は新たな扉を開くのがちょっとコワイ気持ちもあるので、「大丈夫、怖くないんだよ(?)」とほんの少し背中を押してくれるような視野を広げるきっかけになる記事は大歓迎です。

レビュー下段は「フュロップ・ラーンキ ピアノ・リサイタル」。リストの超絶技巧練習曲の全曲演奏会で、記事では全12曲についてピアノの演奏方法にまで踏み込んでレビューしています。これは相当ピアノが弾けるかたでなければ書けないのでは?そして読み手にもピアノ演奏技術とリストの曲そのものについての知識が必要かもしれません。もちろんこちらのリサイタルを聴いた皆様は、熱心な音楽ファンやピアノ演奏ができるかたが多いと拝察します。そんな皆達にはストンと入ってくる分析に違いありません。ちなみにこちらのリサイタルについては、我が家にkitaraから郵便のDMが届いてチケット購入のお誘いがありました。そのため失礼ながらもしかすると空席が目立ったのかな?と少しだけ気になっていました。同じページに人気絶頂の反田恭平さんの記事が掲載されていますが、今のお客さんの数の違いイコール実力や将来性の差ではないので、私はフュロップ・ラーンキという名の若いピアニストを覚えておきたいと思います。

そして最終ページまで読み進み、今回は事務局さんのコーナーがないことに気付きました。前号では最初のページから一生懸命に読み進めて、「足りない脳みそフル稼働で肩凝ったわ…」となったときに、最終ページ下にある事務局さんの手書き文字にほっこりしたんですよ。今回は記事内容が盛りだくさんで、泣く泣く割愛となったのかもしれませんが、少し寂しかったです。今後はご無理のない範囲でぜひ事務局さんのコーナーも掲載して頂けるとうれしいです。


どの記事も読み応えがあり、つい色々と語りたくなってしまいました。隅々まで気合いの入った誌面を本当にありがとうございます!これからも「さっぽろ劇場ジャーナル」を拝読するのを楽しみにしています。この先もずっと我が愛する街・札幌でクラシック音楽の演奏会や舞台が楽しめますように。そしていつもそばに「さっぽろ劇場ジャーナル」がありますように。ずっと読み続けたいので、私はできる限りの応援を続けていきます。


最後までおつきあい頂きありがとうございました。


※この記事は「自由にしかし楽しく!クラシック音楽https://nyaon-c-faf.hatenadiary.com/)」のブロガー・にゃおん(nyaon_c)が書いたものです。他サイトに全部または一部を転載されているのを見つけたかたは、お手数ですがお知らせ下さいませ。ツイッターID:@nyaon_c